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この世界に居ない娘を想う

2024年4月に12歳の娘が闘病の末旅立ちました。沢山のなぜ?に埋もれながら生きる意味を探しています。

洗濯物を取り込んでいたら

近所の中学生の女の子4人が

家の前を通り過ぎようとしていた


一瞬、我が家に寄って娘にお線香をあげに来てくれないかな?と思ったけれど

楽しそうに話しながら通り過ぎて行った

そうだろうな

2回以上お線香をあげに来てくれた子は

まだ一人しかいない


小学校では交流級より

特別支援級にいる事が多く

下校後は放課後デイか自宅直帰だった

交流級のお友達と下校後に公園で遊ぶことも

自宅に呼んだりお友達の家に遊びに行くことも

させてあげられなかった

友達は少なかっただろうと思う


なのでお友達がお線香をあげに来てくれなくても

仕方がない

家に来て、学校ではどんな様子だったか

どんな風に過ごしていたかを

教えてくれる人が居なくても

仕方がない

家に来てくれたらきてくれたで

あの子も同じ制服を着ていたはずなのにな、

など思ってしまう


それでもやっぱりあの子を思い出し、

あの子の話をするお友達が居ないのは、

寂しい


ともすれば自分でさえも

あの子は本当に居たのだろうかと

思ってしまうので、

自分だけは毎日あの子が何をしたか

何を思ったかを考えようと思った

それはそれで辛いけれど、

思い出した事の中には

クスッと思い出し笑いができるかもしれない

その後また寂しくはなるけれど


ハチワレ好きだった娘

くら寿司とコラボした時は

びっくらポンの当たり確率を上げるために

課金した上で沢山食べた


狙っていたグッズは手に入らなかったはずだけど、

「これ欲しかったやつ!」

と喜んでくれた

ハッピーセットのオモチャも

いつでも何でも

「欲しかったやつだ!」

だった


そのポジティブな思考は

見習わないとなあ