東日本大震災復興支援ツアーその3
相馬市の仮設住宅から車で移動し
福島県新地町へ。
ここは昨年の津波で、駅や列車が流される被害にあった地域です。
海岸近くに行っても、がれきはなくなりましたが、未だ手付かずのところが。
一年あまり過ぎた今も爪あとが残っています。
そして、昨年ボランティアにうかがった、宮城県亘理郡山元町のボランティアセンターへ向かいました。
そこで社会福祉協議会の職員さんに現状についてうかがい、これからの支援として、何が必要かをうかがいました。
今は、がれき処理や家の片付けなどのボランティアは一通りおちついたらしく、新たな支援として、職業の斡旋や放射能の除染作業等、色々と難しい問題があるようでした。
山元町を後にして、続いて向かったのは、宮城県仙台市宮城野区にある、照徳寺というお寺へ。
こちらのお寺は本堂、庫裡が津波に巻き込まれ、また境内地にある多くのお墓が流されてしまうといった被害にあわれたのでした。
以前にお会いしたことのある副住職さんに今の現状を聞き、なかなか復興が進まないこと、流されたお墓がまだすべて元通りになっていないこと、これからどのようにお寺や檀家さんとの関係を再構築していくかなど、色々なお話をうかがいました。
震災から一年以上経った今、本堂の荘厳は綺麗に整えられておりましたが、ご本尊の阿弥陀如来様がご不在でした。
このあと、荒浜の海岸へ
この日の波はとても穏やかで、風がよく吹いていました。
東日本大震災復興支援ツアーその2
7月10日、我々は相馬から昨年伺った被災地を回ることにしました。
相馬市中心部から車で5分ほど走ると、漁港にたどり着きます。
ここが松川浦。
去年来たときは、まだ船が転覆したままだったり、海につかった家がそのままだったりでしたが、ずいぶんキレイになってました。
そして、津波が上を越えたという松川浦大橋
今はもう通行できるようになっているのか、周りもたくさんの重機が入り、がれきなども片づけられていました。
漁港周りのお店や旅館など、徐々に再開していっているようです。
まだまだ時間はかかりますが、皆さん頑張ってます!
そして、車を走らせ、相馬に来たら必ず伺う、パスタ屋さん
メルカートへ昼食に
このお店は、震災以降、客足の流れが変わったため、移転してつい最近再オープンとなったみたいです。
この日は復興ペスカトーレという特別メニューをいただきました。
おいしかった!
その後、一緒に食事をした被災者の方が生活している仮設住宅へ。
この方は松川浦でおすまいになっておられた方で、震災の津波でご主人と、ご主人の両親、そして娘さんがお亡くなりになりました。
僧侶の友人と一緒に、その亡くなられたご家族を供養させてもらい、色々とお話しを伺いました。
お話しも、力づよく生きておられるご様子でしたが、自分自身がこれから楽しく生きていくには、まだ亡くなられた家族に申し訳ない、という気持ちがあるようです。
でも、きっと、亡くなられたご家族も、この方が楽しく幸せに暮らしていかれることを望んでるはず!
そう信じて、またこちらへお邪魔する約束をして、仮設住宅を後にしました。
つづく
Android携帯からの投稿
相馬市中心部から車で5分ほど走ると、漁港にたどり着きます。
ここが松川浦。
去年来たときは、まだ船が転覆したままだったり、海につかった家がそのままだったりでしたが、ずいぶんキレイになってました。
そして、津波が上を越えたという松川浦大橋
今はもう通行できるようになっているのか、周りもたくさんの重機が入り、がれきなども片づけられていました。
漁港周りのお店や旅館など、徐々に再開していっているようです。
まだまだ時間はかかりますが、皆さん頑張ってます!
そして、車を走らせ、相馬に来たら必ず伺う、パスタ屋さん
メルカートへ昼食に
このお店は、震災以降、客足の流れが変わったため、移転してつい最近再オープンとなったみたいです。
この日は復興ペスカトーレという特別メニューをいただきました。
おいしかった!
その後、一緒に食事をした被災者の方が生活している仮設住宅へ。
この方は松川浦でおすまいになっておられた方で、震災の津波でご主人と、ご主人の両親、そして娘さんがお亡くなりになりました。
僧侶の友人と一緒に、その亡くなられたご家族を供養させてもらい、色々とお話しを伺いました。
お話しも、力づよく生きておられるご様子でしたが、自分自身がこれから楽しく生きていくには、まだ亡くなられた家族に申し訳ない、という気持ちがあるようです。
でも、きっと、亡くなられたご家族も、この方が楽しく幸せに暮らしていかれることを望んでるはず!
そう信じて、またこちらへお邪魔する約束をして、仮設住宅を後にしました。
つづく
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