残念な人ほど得をする30歳マネジメント
終わり良ければ全てよしとはけだし名言ですが、あなたの忙しい時間のうち1.19%をどのように使うかで人生の終わりが180度変わってしまうかもしれないということを知ったなら、それでもあなたは今のままの生活を続けますか?

その、週にして2時間程に相当する貴重な時間の使い方をクリエイトする私たちの活動に興味を持って頂きありがとうございます。
プロボノ社会教育塾寺子屋edu代表、自分コントロールと人生マネジメントの専門家名和英海(なわえいかい)と申します。

今でこそ、愛する人の人生の最期を迎えた1,000組以上の家族を見てきた人生マネジメントの専門家である私も、27歳までの人生は散々でした。
家庭は不和でいつもピリピリしていましたし、デコだのハゲだのいじめられたあげく摂食障害・対人恐怖症で友達は少ないわ女の子とは喋れない。せっかく入った大学には遊び呆けてほとんど行かず、周囲の言いなりで就職先を決めたものの3年で退職してしまい1年間のニート生活。その間にマルチまがい商法でただでさえ少ない友人と貯金を使い果たしカードローン地獄に突入。焦って始めた完全歩合制のテレアポ会社で精神的に打ちのめされうつ的出社拒否症に。最後にはもうどうにでもなれと自暴自棄になって頭を丸めて出家する始末・・・

そんな感情に流され周囲に流され続けてきた私が自分コントロールと人生マネジメントの専門家になろうとは一体誰が予想したでしょうか?
その秘密をこれからお話いたしましょう。

少し長くなりますので答えを先に申しておきますと、最低の人生だったからこそ逆転できた、ということなんです。
ですからもしも今のあなたの現状が最低だったなら、それは最高のチャンスだと喜んで下さい。
もしもまあまあの人生を送っているならば、早急に大失敗して下さい。
なぜならこの世は逆転振り子の法則に支配されているからです。
1.逆転振り子の法則とは? ~ 最速最短の問題解決法を公開
2.どんな人でも幸せになれる ~ 驚異の幸福完全平等原理
3.どうして変われないんだろう? ~ 自己保存の法則を破るには


続きはこちら ⇒ 逆転振り子の法則とは


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被災地活動レポート8~宮城中規模避難所の様子

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現状から脱出する自分リセット術の英海です。
変わりたい方は自分の何を変えたいのかをメッセージ 下さい。力になります!


■被災地活動レポート1

■被災地活動レポート2

■被災地活動レポート3

■被災地活動レポート4

■被災地活動レポート5
■被災地活動レポート6
■被災地活動レポート7


つづき (これが最後のレポートになります)

 

最後に訪れたのは石巻の隣の東松島市にある市民センター。

約200人が生活を送っている中規模避難所です。

子どもは15人くらい。

子ども達は親戚を頼ったりして順次出ていくケースが多く、どこの避難所もお年寄りの割合が圧倒的に多いようです。

 

入口でばったりと長野の友人と遭遇。

いやはやびっくり、まさかこんなところで会うとは。

食事の手伝い関係のボランティアで数日間来ていたそうです。みんなそれぞれの出来ることで動いているんですね!

 

中に入るとこれまた驚いたことに、内科医の先生が常駐していました。話を聞くと、被災した病院から逃げてこられてここを仮診療所にしているのだとか。ですから健康面での心配はなく、これは安心ですね。

 

このあいだは婦警さんがバルーンアート教室を開いてくれたそうで、高校生の女の子が上手に犬を作っていました。

ちなみに私もバルーンアートはちょっと出来るんですよ~v(^_^)v

 

航空自衛隊基地の近くだからなのか、食事の用意は福島の避難所とは違って自衛隊員がなさっておられました。そんな仕事もあるんですね。お疲れ様です。

 

かなり条件的には恵まれた避難所のようです。

けれどもやはり心理カウンセラーや精神科医などの心の専門家の来所はなく、所長さんがはっきりと「ぜひ来て欲しい」とおっしゃっておられました。

 

もしも心理職の方で「どこか必要とされている所があるなら行きたい」という方がおられましたら、詳しい場所をお伝え出来ますのでメッセージ下さい。

 

物資に関しても十分届いており、マスクをいっぱい持っていったのですがやんわりと断られてしまいました(汗)

ただし今回伺った避難所や保育所はどこもそうでしたが、あくまでも最低限の生活に必要な物資は十分にあるという意味であり、嗜好品や特殊品・季節品に関してはもちろんその限りではありません。

 

また、移動中に通り沿いで古着を配っているのを見かけたのですが、皆さん有難そうに受け取っておられました。

もしかすると今は避難所よりも、被災しながらもなんとか自宅でほそぼそと暮らしている方達の方が支援物資を必要としているのかもしれませんね。

 

途中「○○ホテル、今は避難所になっています」という手書きの看板もありました。

こうした数人レベルの避難所はどういう状況なのか、そのあたりも心配ですね。

 

市民センターに話を戻しますと、恵まれた避難所とはいえ、福島で見てきたように個人個人の仕切り板もなく、雑魚寝での寝食をしているようです。

このあたりは県民性(地域性)もあるとは思いますが、やはり長期の共同生活を考えると最低限の個人スペースはあった方がいいような気もします。

全くプライベートが無い状態では、かなりストレスがたまってしまっているのではないかと思います。

 

さてここの避難所でも風船は大人気で、子ども達の笑顔を見れただけでも来てよかったなぁと思います。

あ、風船って息を吐き出してふくらませるのでストレス解消にもいいんですよ~。

 

子どもの声や行動をうるさいと思っている避難者の方もいるかとは思いますが、もしもここに子どもの笑い声がなかったとしたらどんな雰囲気になっちゃうんだろうと思うとぞっとします。

 

そのあたりは皆分かっておられるようで、多少の騒ぎは目をつむってくれているようです。

やはり子ども達こそが希望の光そのものですから!

 

前述の高校生の女の子がここの子ども達の面倒を見ている感じでした。

「将来は警察官か保母さんになりたい」と言っていました。

保母さんは分かるけど、警察官はバルーンアートの婦警さんの影響かな?

苦労は買ってでもせよとの格言の通り、今回の震災の苦労がこの子を大きく成長させていますね。

震災はけっして負の遺産ばかりではないことを、しっかりと見届けてきましたよ!

 

ちなみに私の影響で坊さんになりたいと思ってくれた子どもはいたのだろうか・・・(汗)

 

風船があれば子ども達とはすぐに仲良くなれます。

 

それでも心を開くまでには多少の時間が掛かります。

学校から遅く帰ってきてあまり接することの出来なかった女の子には、帰りがけに「まだいたの?」と冷たく言われてしまいました・・・(涙)

 

 

 

大人の場合は尚更でして、レポート3のように信頼関係(ラポール)が出来ると堰を切ったように話をしてもらえる(それだけ抑圧されているということです)のですが、ラポールが確立しないと表面的な関係で終わってしまい、情報は得られますが心の癒やしにはつながりません。

この避難所ではそんな感じで終わってしまいました。

 

通常のカウンセリングでは相談者が自分の意思で向こうからやってくること、心の秘密を漏らせる安全な場所としての隔離された空間があることからラポールも築きやすいのですが、避難所での心のケアに関してはそのあたりも課題ですね。

けれども大人の不安や不満は敏感に子どもに伝わりますから、希望の光を曇らせない為にも大人に対する心のケアは絶対に必要だと思います。

子ども達には夢を持ち続けてもらいたいですから!

 

 

さて、長期に渡る長文の被災地活動レポートを辛抱強く読んで頂きまして本当にありがとうございました。

私が「心の筋トレ」と「育児の為の育自」を専門にしている関係で、片寄ったレポートになってしまった部分も多々ありますが、ボランティアセンターを通してではなく直接訪問した場合の被災地の様子を、かなり詳細に知って頂くことは出来たのではないでしょうか?

これから自分だったら何が出来るだろうかと考えるための参考にして頂けましたら幸いです。

 

 

北京オリンピックの頃にチベット大虐殺があり、マスコミでもネットでも大きく取り上げられました。

その時、私の師僧はチベットとの交流深い方で色々と彼らの為に動いていましたが、私は何も動けませんでした。

後で「こうした時に心が動かないなら宗教家ではない」と師僧から叱咤されました。

私が何も出来なかったのはなぜか?

それは、当時の私はチベットに行ったこともなければチベット人の友人もいない、接点が全く無かったんですね。

 

同情は出来る。けれども・・・

 

我が子が学校で大怪我したと聞いたら、何があっても駆けつけますよね。

けれども全く知らない人が近所で大怪我したというニュースをたまたま聞いて、あなたはそこへ駆けつけますか?

 

目の前の出来事ならいざしらず・・・人間とはそういうものです。

今回はチベット人ではなく同じ日本人だったこともあり、より多くの人が関心を持ち、行動してくれました。

けれども知っている人が被災している場合と、知らない人が被災している場合とではやはり行動力が違ってくるものです。

私が現地まで行けたのも、仙台出身だったからということなのかもしれません。

 

これは縁です。

たまたま海外旅行に行った先で病気に苦しむ子どもに会った医者は、一生をその国の医療に捧げるかもしれません。

たまたま自分の子が自閉症だったら、全国の自閉症の子ども達の為の運動を起こすかもしれません。

行動した人が偉いわけではなく、そういう縁があったということです。

 

けれども縁はつくることが出来る!

今回私は行動したことで実際に被災した子ども達と会い、仙台出身という縁よりももっとずっと太い縁が出来ました。

だから祈りはより具体的になりますし(漠然とお金持ちになりたいと願うよりも、なになにをする為にはいついつまでにいくらの資金を得たいという願いの方が叶いやすいですよね)、彼らに何かあれば今度はもっと早く行動できると思います。

 

これがご縁の大切さ。

 

たまたまブログやフェイスブックで出会えた皆さんとの小さな縁も、これからもっともっと太くしてゆくことが出来ますし、もっともっとたくさんのご縁と出会うことも出来るでしょう。


そして、この中の誰かが困っている時や新しい何かを始める時に、すぐに他の誰かが応援できるような、そんな縁が出来ていたとしたら、なんだかとてもワクワクしませんか?

 

そういうことが可能になる、それがソーシャルネットワークだと思います。

 

 

 

実際今回の被災地行きに際して、案内役を買って出てくれた上國料さんや祈りの会に駆けつけてくれた方々、メッセージ風船を集めて郵送してくれた方々、コメントで勇気をくれた方々などのたくさんのご縁に助けられました。

本当に有り難うございました。感謝感謝無限大!

そして多少なりともワクワクを共有できたのではないでしょうか♪


みんなでワクワクを共有する為に、これからも皆さんのお力をお貸し下さい!

ありがとうございました。

被災地活動レポート7~石巻・遺体安置所・土葬所の様子

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■被災地活動レポート1

■被災地活動レポート2

■被災地活動レポート3

■被災地活動レポート4

■被災地活動レポート5
■被災地活動レポート6


つづき

 

今までのレポートの中では、避難所を中心に心の教育・幼児教育家として何が出来るのか?を自身に問うてきました。

 

今回のレポートでは、僧侶としての自分には一体何が出来るのかを考えさせられながらやってきた活動について書いてみたいと思います。

 

結局今までやってきたこと以外は出来ない、、、

それが今回の震災で思い知らされた教訓の一つです。

 

高台下に見た津波によって壊滅した町へと降りていってみることにしました。

そこはかつて石巻市南浜町だったところ。

町がまるごとなくなっていました、、、

 

「がんばろう!石巻」の看板の前でしばし読経。

 

 

 

この辺りはしかし完全に焼け野原のようではなく(いやほとんど焼け野原なんですが)、ポツンポツンと建物が残っているのが不思議でした。

壊れた家とは何が違かったのだろうか?

 

ふと後ろを見ると、自転車屋さんだったらしい廃屋の前に貼り紙が。

一枚は「捜索済み」

そしてもう一枚は、、、

 

「全員無事です」

 

なんだかホッとした瞬間でした。

 

 

奥の方まで車で行ってみると、まだ水が引いていない所がいくつもあって、あやうく戻れなくなりそうになって焦りました。

途中に落ちていた濡れ汚れたぬいぐるみが、ただただ切なくて、、、

この子がどうか無事であったことを祈るばかりです。

真っ二つに折れた電信柱が津波の凄まじさを物語っていました。

 

その後、東松島市の遺体安置所へ向かいました。

未だ身元不明のご遺体が20体程ありました。

一時期よりも減ったものの、今も毎日数体が運ばれてくるそうです。

私の友人のおばあちゃんもまだ行方不明のまま。

設置された祭壇の前で読経中も、大切な家族を探しに数人の方がお見えになっていました。

 

行方不明のまま、というのは一番いけません。

心のどこかで死を受け入れられないので、心が前に進むことが出来ないのです。

例えば長く入院した末にお亡くなりになった場合は故人にとっても家族にとってもある程度覚悟が出来ているものですが、事故などで突然死の場合には多くの家族が「なんだか海外旅行にでも行っていていつか帰ってくるんじゃないかという気がします」とおっしゃります。

これが心が過去に置き去りにされた状態。

少々酷なようですが「あなた(の大切な方)は死んだのです」と故人にも家族にも認めさせることによって、初めて心に区切りがついて、それぞれが癒しの方向へと少しずつでも進んでいくことが出来るんですね。

それが葬儀であり、僧侶の大きな役割の一つです。

 

今回の震災では葬儀も出来ずに、という方がたくさんいらっしゃいますからそのあたりが心配ですが、少なくとも御遺体が見つかった御家族は泣き崩れながらも「ありがとうございます」と言って帰ってゆかれるのは、心の癒しへの大きな第一歩を踏み出すことが出来たからでしょう。

心が固まっている時には泣くことも出来ませんから、、、

自衛隊の皆さんの努力は確かに報われていますよ!

 

中の様子ですが、以前ネットで見た安置所の写真と違い、ご遺体はお棺に納められていました。

必ずマスク着用のことと書いてあったのでにおいが心配でしたが、お線香の香りで思った程は気になりませんでした。

ここは身元が判明した際に葬儀を務める僧侶が読経供養してから出棺するそうで、そのお陰か空気もどよ~んとした澱んだ感じはありませんでした。

 

その後、これまたfbつながりの三角さんと合流して次の供養予定場所に向かいました。

土葬埋葬所です。

 

思ったよりも浅くてびっくり。

現在日本ではほとんど火葬となりましたが、実は今でも土葬の地域も残っています。

 

 

ただこちらは、あまりの震災犠牲者の数に火葬炉が足りず、火葬できるまでの仮の埋葬所という役割とのことでした。

それでこんなに浅くしているのかな?(本物の土葬を見たことがないので比較出来ませんが)

また私は身元不明者を土葬にしたのかと思っていたので、これも勝手な私のイメージとしては大きな穴の中にどどどっと埋められてしまっているのかなと想像していたのですが、きちんと一体一体名前の書いた墓標が建てられ、供養のご家族も訪れておられました。

 

 

 

 

特に管理人は居らず、作業員のような格好の方がプレハブ小屋に待機されていました。

その隣のプレハブ小屋に設けられた祭壇にて私達も読経供養させて頂きました。

 

合掌

 

 

 

次はいよいよ最後のレポートとなります。

 

つづく

被災地活動レポート6~宮城の保育園の様子

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■被災地活動レポート1

■被災地活動レポート2

■被災地活動レポート3

■被災地活動レポート4

■被災地活動レポート5


つづき

 

松島を後にして、上國料さんが連絡を取ってくれていた石巻の保育園に向かいました。

今回の活動で唯一アポの取れていたところ。

お陰で不安なく訪問出来ました。

さすが保育園の経営者です!

 

途中道路脇に瓦礫の山が積まれていたり、店のショーウインドが割れていたり、田んぼの真ん中に車がひっくり返っていたり、車が塀に乗り上げていたりと、ちらほら震災の爪痕が、、、

畳が丁寧に積んであり、あぁこの辺りで泥出しボランティアをしているのかな?と分かるお宅が何軒かありました。

道路は既にきれいになっていて、自衛隊の方々の努力に感謝。

 

テレビで見たような凄まじい光景にはまだ出くわさず、保育園に到着。

こちらは今4つの保育園が集まっているそうで、この日は約80名の園児達が遊んでいました。

この保育園は高台にあるのですが、4つの保育園のうち2つは高台の下にあり津波で壊滅してしまったそうです。

高台から見下ろしたその衝撃的光景がこちら。

 

避難所から通っている子、親を亡くした子もいます。

救いだったのは、園児達がお昼寝をしていたところに避難勧告が出て、起こしてすぐに走って高台のこの保育園まで逃げてきたので、実際の津波は目にしていないとのこと。

先生達はほんとに必死だったでしょうね。

子ども達を守ってくれて本当にありがとうございました

m(_ _)m

 

 

子ども達はお昼の準備の時間までは外で遊んでいるのですが、園長先生の計らいで、予定より早く子ども達を教室に呼んで下さいました。

お気遣いに感謝(^人^)

 

風船を取り出すと奪い合いの如くに子ども達が集まってきました。

ひぇ~

今までの避難所と違って人数が多いので、もう大変。

相変わらずシールも大人気で、「もう一個いい?もう一個!」と一人で3つも4つも欲しがります。

こりゃ後で先生が置き場所に困るぞ⁉と思いつつ、たくさん遊んでいっぱい抱っこしてギュッてしてきました(^∇^)

 

ここは学校だけにプライバシーの問題で写真が取れなかったので、別の避難所での写真を参照下さい。

どこに行ってもこんな感じ(笑)

 

 

 

 

 

 

何人かの子ども達と話してみて、やっぱり恐い夢は見ていないようで一安心。

今回訪問したどこの子ども達もこの点は同じでした。

 

別の避難所で聞いた話ですが、震災当日は「ジェットコースターみたい」なんて喜んでいたそうです。水が噴き出したりするのもウォータースライダーみたいと。

その後毎日ニュースで悲惨な映像ばかり放映されるうちに、急に怖くなってきちゃって、一人でいられなくなっちゃったんだそうです。

大人としてもその点を心配しつつも情報がないと不安なので、ついテレビをつけっ放しにしてしまっていたそうです。

マスコミの功罪ですね。

 

この保育園にも心の専門家の来園はないそうですが、小児科医が子ども達の健康を見てくれて「みんな元気だね!」と太鼓判を押してくれたそうです。

こうした専門家の一言があるだけで、どれだけみんなが安心できることか。

 

園長先生は「子ども達にも先生方にも特に心のケアは必要ないと思います」と仰っておられましたが、確かに大丈夫!と一言言ってあげるその為だけでも、ぜひ心の専門家の訪問を私は期待しています。

 

ここでも別れ際に子ども達の「また明日も来てね!」攻撃に逢い、嬉し心苦しいさよならをしてきました。

君達のことは忘れないからね!

 

 

つづく

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