本音は深く深く
以前書いたことがあるかもしれない父親とは耳が聞こえないせいもあり、もともとが無口な人で会話はあまりない。母親は自分たちの生活の支援を受けるようになってから数回「母親らしいこともしてこなかったのに…」という言葉を漏らしたことがある。実際中学の頃からお弁当を作ってもらったことは一度もなく、下校してから母親が帰宅するまでに夕飯の支度をするのが日課。高校では洗濯も自分のものは自分でしろと言われ日曜にまとめてしてた。学校のものから、お布団カバーからシーツまで全部、毎週カバーを洗わないと叱られた。高校生の頃から兄嫁が同居したので特に母からは「嫁にあなたの洗濯物までやらせるな」とやかましく言われた。一家のお荷物は私になり、冷蔵庫の中のものは勝手に口にすることもできなくなった。兄嫁が買ったものを口にしたら文句を言われる。実際家計は父親の稼ぎで暮らしていたのにだ。兄夫婦は家にお金を入れていなかった。私には厳しかったが、兄にはとても甘い母親だった。バイトができるようになってからベット、エアコン、ステレオ、ドレッサー等々、かろうじて自室はあてがわれていたので部屋の家具は自分で買いそろえた。それ以前は布団と机だけの部屋だったかなww本棚はあった、子供の頃は父親がいろいろ買い与えてくれたっけ当然女のくせに大学などとんでもないと行かせてもらえなかった。進学だけが素晴らしいわけでもないが会社務めをはじめても定時に帰ろうと遅かろうと夕飯を作って待っていてくれたことはない。父の仕事柄朝が早いので、会社から帰るころにはもう二人とも寝ている。玄関の電気も消されてるww 旅行に出かけても帰宅を待っていてくれたことは一度もない。洗濯も相変わらず自分でしてたし親との同居ではあるが、一緒の家にいるだけで何かしてもらったこともない。結婚する時も嫁入り支度を整えてもらったこともなく、式は夫の両親があげてくれた。長女が生まれた時立派なお雛様を買ってくれた。長男の時はこいのぼり。金銭的援助は全くなし、もともとあてにするのが嫌いだからそれはそれでよしとする。周囲のお友達は自分の親から家の頭金やら子供の学費、生活の面倒まで見てもらったと聞き、正直うらやましくもあった。親子で旅行に行ったり、ショッピングしたり、親が全部お金を出してくれると聞き本音は妬ましかった。孫のためにも金銭を惜しみなく注ぐ…そんな経験は一度もなかった。でも兄の子供たちは両親が面倒を見、大学院まで父が賄った。自分の息子のやらないことをしただけだがそれでもやはり生んで育ててくれた、一人で大きくなったとは夢にも思っていない。うつ病の発症でどうしようもない私を黙って受け入れてくれたのも忘れはしない。きらびやかな思い出があるわけではないが、長男が生まれた後病弱で入退院を繰り返していた時、幼稚園だった長女を預かり面倒を見てくれたのも両親だ。それらの感謝が今の生活を支える原動力になっているのは確かだ。子供は親が好き、どんな親でも好きなんだ。同じだけ嫌いで憎しみもあり複雑なんだけど娘が家にいたころはそんな経験から、色々なものを買い与えたくて仕方なかった。私の浅はかな行動は結局娘をスポイルしただけだったが…ずっと私が両親を見て来た愛と憎悪の目で見られてるんだなと感じてた。子供でもあり親でもあるから両方痛いほどよくわかるんだ、けどうまく立ち回れない。ずっと同じところに立ち尽くし堂々巡りをしている最近。母親が兎に角愚痴の多い人なので、家庭では愚痴を言わないよう心掛けてる。両親や実家の問題は夫には話したことがない。言っても仕方のないことは言わないで我慢するのに慣れてる。でも時々は家人の耳に届かないところで言うwくだらないな~自分!!wwまだまだ愚痴として吐き出すわけにもいかず大量に心にわだかまってる部分は一生口にせず墓場まで持っていく。そんなものの一つや二つは誰しも抱えてるよね。口に出したら自分が崩壊するような(大げさw)吐き出せる程度のものしか吐き出さない心の底の底に滓のように溜まったどす黒いものは厄介だ。明日は母親の介護認定が変わったので契約書を新に作成せねばならない。ま~説明を聞いて代理サインするだけなんだけどw愚痴のシリーズはこれで終わりにしたいです。今回も感情が先走ってしまいお恥ずかしい限りです。ありがとうございました。