みなさんこんばんは~(*^^*)

なんだか今日は昨日と気温変わらないのに寒かった気がした・・・なんでかな?

暦の上ではもうすぐ冬だからね~

 

愛媛県伊予郡松前 玉生八幡神社です、たもうはちまんだいじんじゃと読みます

 

祭神は誉田別命(ほむだわけのみこと)です

 

 

なんだかすごい狛犬さんが居ます

 

後ろもすごいですね

 

 

誕生は明治25年?まあまあ古いね(1892年)です

 

長い参道の手前にこの狛犬さんはいました

 

そして参道の奥、もうひとつの参道

往昔、南伊予村上野玉生林に鎮座、後に岡田村昌農内に奉遷し、久斯美玉宮と称した。

 

 

いや~、ここいいのがいますね~

 

吽形の仰ぎ見る姿いいね

 

 

阿形もいい顔していますね、でもなんとなく大玉とかの精度は悪いね

 

 

年代は不明でした~

 

 

慶雲4年6月17日安芸国厳島神を配祀し日女宮と称した

貞観元年豊前国宇佐八幡大紳宮を配祀し、翌2年8月15日岡田村西古泉玉垣に

奉遷して玉生八幡大神杜と改称した

 

 

亀砆が手水舎を支えています・・・

 

仲哀天皇の九年(200)ころ、神功皇后が三韓におもむかれる時、当地を逍遥して、

湧き出る清泉に戦勝を占い、布が濃紺に染まる吉兆にちなんでこの地を

「濃染の里(こいぞめのさと)」と命名した。

帰途、また船をとどめられ、天神の神託によって久欺美玉(くしみたま)を玉生林にまつったが、

後世、郡司がここに社殿を造営して久欺美玉宮(くしみたまぐう)と称して崇拝した。

 

文武天皇の慶雲四年(707)六月一七日、伊予の豪族小千玉興(おちのたまおき)・玉純(たまずみ)が

厳島神社より三女神を勧請して久欺美玉宮に合祀し、日女宮(ひめみや)と称した。

古事記・日本書紀によると、三女神は、天照大神が素戔鳴と八坂瓊の曲玉に誓ってうまれた神で、

海の神となっている。海上交通が盛んで航海安全の祈願が行われたのであろう。

 

 

清和天皇の貞観元年(859)の宇佐八幡宮の神霊を勧請し
   うれしくも 松の梢に 立寄りて 久しくここに 民を守らん
との御神詠により日女宮に合祀して、玉生八幡大神宮と改め、後、玉生八幡大神社と改称した。

 

境内神社の玉生古宮(たもうふるみや)は、誉田別命をまつるが、12世紀から16世紀にかけて

約四百年間、昌農内玉生にあった石清水八幡東宝塔院領荘園「玉生荘(たもうのしょう)」に

勧請していた古社である。
玉生八幡は、加藤嘉明の崇敬篤く、嘉明の松前城より松山城への移転は、玉生八幡の

御宣託の夢占いによるものともいわれている。

 

教育委員会の看板の方が詳しいね~