『貧すれば鈍す』
 
 こんなことわざがありますが、貧したから鈍したのでしょうか?

 意味は貧乏すると動きや考えが鈍り、ますます貧乏になる、一般に言う負のスパイラルやね。

 これも卵が先かニワトリが先かと同じで動きが鈍いから貧乏ではないかと思いません?

 貧乏貧乏と言うがどれぐらいが貧乏?昔の戦後すぐの時期や、もっと昔の江戸時代ならいざ知らず、

 最近ではあまり当てはまらないのではないでしょうか?

 『食べるのにも困っているんです』って言いながら車乗ってるでしょ?

 『子供の給食費が払えません』って言ってもパチンコ行ってる人もいるでしょ?

 『あ~うちは貧乏や』って口癖みたいに言うてる家人も誰を基準にほざいてる??

 確かに我が家の近所はお金持ちが多いよ、親に家買って貰った人や、夫婦そろって銀行員、

 公務員の夫に奥さんがピアノの先生、IT関係の役員、ガソリンスタンドの経営者、色々いるやん、

 家人の基準は貯蓄と食費みたいです、我が家の食費は月3万、家族4人でです。

 安いでしょ?でも外食は週に1、2度しています、もちろん家計からは出てません、家人の両親は、

 畑が日課、大手製造業を定年してからは毎週野菜や近くでやってる牧場の直営店で肉や豆腐など

 が毎週宅配便で届いてます、でも我が家は貧乏なんだそうです。話が反れますね~。

 現在の『貧すれば鈍す』は意味合いが違いますよね、たとえば仕事や友人、住居などもそうでしょう

 でも一番は心と体ではないでしょうか?心が貧しければ世間で必要とされなくなっていきます、

 体が不自由なら段々と行動が鈍るのでは?と考えてしまいます。

 きっともっと大切なこともあるのでしょうが、貧しても鈍さずになり、貧せず鈍さずになって行きた

 いと思いますね~。