以下、noteへの投稿です。(内容は同じです)
https://note.com/tera_yoi/n/nca85fa8ba4c8
今日は五人 。 昨日は八人 。 その前は四人 。
二桁に達しないことで安堵する自分が、狂い始めているのは分かっている。
そもそもの母数が少なくなっていることが原因であることなど当然理解しているが。
電報の音を聞く度に発狂しそうになる自分を抑えこむのも、いずれ限界がくるだろう。
支部を通して大本営から届く電報の枚数が、村に戻らぬ人間の数。
それも、その数はあくまで死亡が確認できた者のみ。
今般に至っては特攻に従事した者の家族のみが確実な情報を得られるという皮肉の限り。
この圧倒的に不利な戦局を鑑みれば、実際の数は毎日のように二桁に届いていても不思議ではない。
この進度で続くのであれば 、この不毛な戦争が終わる頃には、村に戻る者はいない。
私が門戸を叩くこと即ち、父、息子、兄、弟が戻らぬこと。
門前に立つ私は、その家族にとって死神そのもの。
片や虚しい万歳を聞かされ、片や罵声を浴びせられる毎日。
私の心が凍り、涙を流さなくなったのは確か十人目からだったか。
私が赤紙をもって送り出した、未来あった若者たち。
教官の私に、戦争が終わった後の夢を語ってきた者も多かった。
しかし、万歳 の嵐の中、涙一つ見せずに出立した 彼らの未来は奪われた。
私が奪ったのではない。
私は ただ大本営に従ったのみ。
彼らを送ったのは私の意志ではない。
私はただ赤紙を届けたのみ。
彼らの死は私の責任ではないのだ。
私の責任では、 ないはずだ 。
だが、村に数多の死をもたらした私に、自分だけがおめおめと生き残るという選択肢は無い。
この戦争の終わりを見届けた後、自害することは決めている。
むしろこの考えこそ、 私の唯一の拠り所である 。
戦争が終わったところで、この苦しみが解消されることなどない。
もはや村で私と口をきこうとする者などいない。
醜い言い訳を自らの心中で繰り返し、壊れていく精神を存続させるのみ。
自害という終止符がある、という希望が今の私を支えている。
自室の片隅に転がる手榴弾が目に入る度に、私の心は安堵に包まれる。
それが、全てを終わらせてくれる。
ピンを抜き、胸に押し当て、一瞬の痛みに耐えた先で、私は、救われる。