北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく -161ページ目

北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく

腰は軽いがビビリの道産子徹平が、北海道にまつわるいろんな話題を独自の切り口で語っていく。歴史好きなので「ワシが子供のころは」と言った話がほとんどで、流行には全くついていけていない。ブログを書く事で認知症を予防しようと考えている男のブログ。

徹平が小学生だった1970年代は
いろんな新商品が出てきた
時代だった。

ハンバーガーやケンタッキーフライドチキン、そしてグレープフルーツが輸入自由化されて日本に大量に出回ったのもこの頃だ。

小学3年生の担任が「先生は昨晩、生まれて初めてグレープフルーツというものを食べました。世の中にこんなに美味しいものがあるのか、と感動しました」と震える声で話していたのを思い出すにやり




そしてその代表選手が
1971年に発売開始になった
カップヌードルだった。

  

さて焼きそば弁当である。
カップヌードルに遅れること4年
1975年に発売になった
やきそば弁当(通称:やきべん)は
北海道限定商品である!😬

このことを
徹平も19で上京するまで
知らなかった。
                ↑1年浪人しとるねー

東京では
ペヤングソースやきそば(まるか食品)や
日清焼きそばUFOが圧倒的で
     
 マルちゃんの 焼きそば弁当
など置いてないのだ

徹平もあっちのマルエツという
スーパーで「やきそば弁当ありますか?」と聞いたところ、女性店員がイヒ「???」となったので、慌てて聞くのをやめたことがある。

とにかく北海道と勢力図が反対だ!
北海道では発売以来
やきそば弁当の人気が強く、
さしもの日清食品をもってしても
その牙城を崩せなかったのだ。


しかしその3年後「ここで負けては最大手の恥」ムキーッ日清食品はすごいCMを出して来た

ドンピシャのCMソングだ😬
当時ピンクレディの人気は絶頂で
しかもレコード大賞曲と商品がかぶっているのである。

テレビCMの大量投入で
勝負あったかと思われたがガーン



道民のやきそば弁当に対する
支持は揺らぐことはなかった。



何故、焼きそば弁当はUFOの
来襲を退ける事が出来たのか?

最近、徹平は名古屋の男性がアップしたこの動画を見て共感した。







初めて やきそば弁当を食べた
この御仁は、最初は「これが焼きそば?」となりつつも、次第に引き込まれていく。そして最後に中華スープについて激賞している。


これぞ昔、徹平が感じた印象そのものだ。

東洋水産が寒い北海道に向けて作った中華スープの存在が、カップ焼きそば対決を制する決定打となったと思う。

確かにこのスープがなければ、
「やきそば弁当と名乗るに
はちょっと無理がある。
            ↑ねースープがあっても辛いがまあいい
  

この差は非常に大きかった。

徹平も両親が共働きだったので、
土曜の昼はカップ麺の事が多かった。

母親に「またカップ麺かよえーん もう飽きたよ〜えーん せめて やきそば弁当にしてくれよ」と訴えたもんである。

ひもじかった時、やきべんの隣に
中華スープがあることで、心がどれくらい救われたかわからない。



久し振りに作ってみた。
切ったお湯を無駄にせず注ぐ
いい香りとともに充実感がこみ上げる
いただきます!

うまい!😬
これぞ道民が支持し、企業(東洋水産)が守り続けた北海道の味だ。


だから、まずマルちゃんのやきそば弁当を北海道を代表するソウルフードに推挙する!😬



北海道を代表する
ソウルフード (後編)を
お楽しみに

おしまい😎