北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく -105ページ目

北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく

腰は軽いがビビリの道産子徹平が、北海道にまつわるいろんな話題を独自の切り口で語っていく。歴史好きなので「ワシが子供のころは」と言った話がほとんどで、流行には全くついていけていない。ブログを書く事で認知症を予防しようと考えている男のブログ。

あるご婦人が口にした。
北海道には現在の事なのに
過去形で話す事がある。
 🤗??
その代表的な言葉が、
「おばんでした」という
挨拶
そのご婦人は英語が達者なので
「まるで英語の仮定法のようだ」
と言った。

確かにその通りだ😬仮定法やったな
でも何故過去形なんだ?😳

その理由を
じっくり考えてみた。
なぜなら、
徹平の亡父が
この挨拶の名手だったからである。
父の「おばんでした」は
実に味があった。
電話に出る時の父の「おばんでした」はとても温かい感じがした。


おばんでした🧐


道民はどうしてこんな変った言い回しをするんだ😬


「おばんでした」の
別な言い方は、
こんばんは!

である😳
随分響きが変わるなぁ😬キツイ

これを普通に丁寧に言ったら
おばんです。
じゃろ😅


どうしてこれを更に過去形にする必要があんのか?🤗どちて
「おばんでした」

何だかとても
おくゆかしい感じがする。
「徹平です!」を
「徹平でした」にすると
だいぶ柔らかく聞こえ
ないだろうか


お願い徹平でしたけどワシで良かったですか」
       というように聞こえないだろうか。



例えば
誰かの申し出を断る時。
「駅まで送ってってやっか?」という提案に対し
「いやいいです」ニヤリよりも

「いや良かったです」キョロキョロ
の方が角が立たないと思う。

理由はわからないが、
過去形にする事で
「断定的表現をして 相手を傷つける事をできるだけ避けたい」という
道民の思いやりが込められている
ような気がする。

だから
おばんでした😅



【結論】
「おばんでした」は「こんばんは」の婉曲的表現である。



そうと分かれば
勇気を出して言って
みようではありませんか。
ではご一緒に🤓せーの


キャー恥ずかしいデレデレ





ではまたこんど

おしまい😎