北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく -102ページ目

北海道どこでも推参! 周知徹平がゆく

腰は軽いがビビリの道産子徹平が、北海道にまつわるいろんな話題を独自の切り口で語っていく。歴史好きなので「ワシが子供のころは」と言った話がほとんどで、流行には全くついていけていない。ブログを書く事で認知症を予防しようと考えている男のブログ。

札幌の地下歩行空間から
北1条地下駐車場へと続く
公共地下歩道は
戦前・戦後の札幌の歴史写真を展示する歩道となっている。

拙者はここを通って会社に行くのじゃがチュー
ついつい写真に見入ってしまいお願い
時間を忘れてしまう事がある😬ボケ


これは昭和41年、札幌冬季オリンピックの開催が決まった時の
祝賀パレードの模様だ


げ!
昭和30年頃までは
豊平川の河川敷にはバラックがあったのか🤭マジ

しかも
拙者の生まれる少し前まで
札幌で馬ソリが走っていたのか!


まだ55じゃぞ😬ワシ



中でも
見応えがあるのは
北の道物語という特集だ


それによると
戦後10年くらいの札幌–千歳間は想像を絶するくらいの悪路で

病院に行く事も
ままならなかったようである。

どひゃ〜滝汗
確かに子供の頃
融雪期にはこんな景色
よく見かけたわいぼけー


それではいけないと😬
米軍からの要請で昭和27年、
凍上対策が施されたアスファルト舗装道路の工事に取りかかった。


札幌−千歳間の国道36号線は
北海道の舗装道路の試金石だったのである。

この弾丸道路という名称は、
これ程の大工事を
わずか1年のスピードで仕上げたことを讃えるのと

弾丸を運んだ米軍の車両が猛スピードで駆け抜けて行く様子を
表現したものと言われている。

いずれにしろ
この道路の完成をきっかけに
北海道のアスファルト舗装が急速に進んだのである。



そうだったのか
弾丸道路😬




たしかに
昔の北海道の雪道は
本当に大変じゃった。

当時はこれが
あたりまえだったとはいえ
本当にみんなよく
耐えていたもんだぼけー


この特集は相当かなり関心が高く
みんな見入っている。
ここは本当に面白い。

は!
いけない!😬

遅刻だ〜😵



通勤路変えよショック


おしまい😎