高校の勉強は、ほんと全然わかんなくて。
面倒見のいい奈良君が、根気よく教えてくれたからなんとか単位は取れたけど。
「大野は5教科以外で持ってるな。」
同級生なのに先輩みたいな奈良君に言われるまでもなく。
小学校の頃からそうだった。
でも特別どうのと言うほどではなく、そこそこ。
体育だってサッカーやってるやつにサッカーで勝てるわけはなく。
音楽だって、歌はまぁまぁ褒められたけど、楽器になったらまるでダメ。
そんなもん。
5教科に至っては目も当てられない。
数学なんて特に。
母ちゃんが額買って来て飾ってくれたテストの点数は2点。
そんな俺が高校入れただけでも奇跡みたいなもん。
今は毎日、絵を描く為に学校に行ってる。
絵を描いてると無になれる。
無になって、描きたいもののことだけ考えられる。
あ、これって無って言わないか。
「大野が今描いてるやつ。」
「ん~?」
奈良君が数学を教えてくれてる時にポツリと言った。
「すっごい好きなの?」
「……そうでもないよ。」
「すっげぇキレイじゃん。」
「ふはは。」
全然わからない数学の式を書いてた鉛筆を置く。
「キレイかな。」
両手を頭の後ろで組んて、ちょっと背を逸らす。
ギーと音を立て、少し椅子の前が浮く。
「お前の中にある、キレイな部分って感じ。」
キレイな部分……。
俺の中にキレイなところなんてあったんだ。
いっつも誰かに迷惑かけてなんとかなってる俺。
褒められたのだって、絵が初めて。
それも、先生と奈良君、二人だけ。
「できあがるの楽しみにしてるよ。
ほら、続きやっちゃえ。」
奈良君に促されて、数式の続きを書き写す。
「え……これ、0じゃないの?」
奈良君が、俺の手元の式をチラッと見る。
「あ~、それね。0じゃないよ。0/0は分子と分母が同じだから1になるんだ。」
え……0じゃない?
「小学校で0だって教えられたじゃん。」
「そうなんだけど……。」
奈良君がポリポリと頭を掻く。
「ジャンルや環境で答えは変わるんだよ。
計算機で0÷0やってみ?」
スマホを取り出し、計算機をタップする。
0÷0……。
「エラー?0でも1でもないの?」
そうそうと言うように二度うなずいた奈良君が、俺の書いた数式を指さす。
「一つの式の答えが、0にも1にもエラーにもなる。
全部正解。全部正しい。絵みたいに。」
0/0の答えは0だけじゃない!
思わず立ち上がったら、椅子が倒れて、ガタンとすごい音をさせた。
「ごめん、今日は終り!俺、行くとこある!」
急いでノートと教科書を鞄に詰め、教室を飛び出る。
「部活はぁ?」
「休む!」
それだけ言って廊下を走る。
すぐに、今すぐ!
先生に会いたかった。
陽が落ちるのが早い冬の夕暮れ。
まだ空に赤味は残ってるけど、もうすぐ陽が沈む。
先生はやっぱりまだ帰ってなくて。
家の前で待ってるのもなんだから、この間先生に声を掛けられた信号の所に行った。
ここから先生の家は目と鼻の先。
でも、帰りに買い物とかして、裏から帰って来たらどうしよう?
すっごく残業してたり……。
吐く息が白くて、両手を口の前に持って行って温める。
少し温まった手をポケットに突っ込んでボォーっと信号を見つめる。
赤から青に変わる。
信号待ちしてた人が動き出す。
先生が帰ってくるはずの方角に顔を向け、先生の姿を探す。
もう、空に赤味はなくなってる。
このままここで何時まで待てんだろ?
会えなかったら凍死しちゃうんじゃね?
あ~、アドレスくらい聞いておけばよかった!
信号が変わったのはこれで何度目だろ。
もう、空には星が瞬いてる。
薄暗い交差点を、見覚えのある姿が歩いて来る。
グレーのコートに青いマフラーを巻いた……先生!
声を掛ける前に、先生が俺に気付く。
「大野?」
ちょっと小首を傾げたまま近づいて来る。
「先生!」
駆け寄って、先生の顔をじっと見つめる。
びっくりした顔がやっぱり可愛い!
「どうした?」
「0/0の答え、わかった!」
先生がクシャッと笑う。
「そうか。」
先生の手が俺の肩を掴んで、俺の体が冷えてることにまた驚いた顔して。
「寒いだろ?まずは温まろ。」
俺の肩を抱えるようにして、先生は俺を部屋に連れて行った。
強引に2話で終わらせるより、のんびり3話にした~(笑)
予定通りにいかなくてごめん~。でも、区切りもいいし!