「櫻井君、ちょっといい?」
大野に呼ばれたのは水曜日の昼休み。
「え~、翔ちゃんだけ~?」
雅紀がいらぬチャチャを入れる。
キッと歯を剥いて威嚇し、大野にクルッと向き直る。
俺がこうやって呼び出されるのも今週まで。
翔子にフラれたら、俺になんか話し掛けるの嫌だろうから。
普通、嫌だろ?
フラれた相手の兄弟なんて!
俺が大野の腕を掴んで教室を出ると、雅紀と潤の声が追いかけてくる。
「翔ちゃん、ほっぺたにブチュッまでならいいよ~!」
ひゃひゃひゃと笑う雅紀の声。
お前らは普通にするもんな。
俺には無理だけどなっ!
「大野、襲ってもいいぞ~!
翔ちゃん、結構可愛くなるから!」
潤、お前に何がわかる?
本当に可愛いんだぞ、俺は!
「ごめんな。あいつらふざけすぎ。」
首を竦めて言う俺に、大野は笑って流してくれる。
「んふふ、楽しいよね~、二人とも。」
ほんと、いい奴。
あんな奴らを楽しいなんて。
戻ったらきっちり締めるから!
二人並んでピロティのいつもの所に行く。
気持ちのいい風が抜け、今日の校庭はサッカー部が独占。
「聞いてるかもしれないけど、翔子ちゃん誘ってみた。」
「ん。」
知ってる。
サッカー部の練習を眺めながらうなずく。
「頑張って自分の気持ちを……話してみる。」
あんまり頑張らなくていいよ。
なんなら告白しなくても。
「ちゃんと言わないと、自分にもけじめがつかないし。」
けじめなんてつけなきゃいいのに。
「そうか。」
でも、つけたいんだよな。
わかる。
俺だってつけたい!
つけたいけどつけたくない!
ん?でも待てよ?
けじめつけたいってことは、大野もフラれるのわかってる?
けじめつけるってそういうことじゃない?
けじめつけて、ちゃんと付き合いたいって、そういう考え方もあるか?
「櫻井君は……土曜日空いてる?」
土曜?
翔子と会う日だろ?
まさか、その場に俺を呼びたい?
俺を立会人にしたいとか?
バカか!
結婚の申し込みでもあるまいし!
どっちにしろ、絶対無理だけど。
「無理無理。二人で遊びに行くんじゃないの?」
「そうなんだけど……。」
「俺、それほどヤボじゃないし、暇じゃない。」
「そ、そうだよね……。
できれば翔子ちゃんと会った後、櫻井君に会いたかったんだけど……。」
はぁ?
俺に翔子とのこと報告するつもり?
上手く行ったら「お兄さん、よろしくお願いします!」
ダメだったら「櫻井く~んっ!」て泣き着くつもり!?
勘弁!
確実に、泣きたいのは俺の方なんだから!
「じゃ、次の日なら……いい?」
次の日……日曜?
そんなに俺に会いたい?
翔子にフラれた大野に会う……。
何か複雑。
複雑すぎて……やっぱ無理。
「ごめん、日曜も……。」
「……そっか。」
大野が寂しそうに笑うから、悪いことしたような気になってくる。
「あ、いや……午後少しなら……。」
「うん、少しでもいい。」
大野の顔が明るくなって、複雑な胸の中がギュッとなる。
ふにゃっと笑った大野の顔。
やっぱ好きなんだよなぁ。
好きの気持ちは、閉じ込めようとしても閉じ込められない。
きっと大野も同じなんだよな。
翔子への気持ち。
好きで好きで、俺みたいに寝る前に考えちゃったり、
ちょっとぼぉっとすると、顔が浮かんできちゃったり。
これが翔子じゃなかったら、頑張って応援してあげるのかなぁ、俺。
翔子が俺じゃなかったら、こんな気持ちにもならなかったのかなぁ。
買ってもらったスピーカーが日曜日に届く。
俺、どんな気持ちで聞くんだろ。
セッティングする気に、なれる気がしない。
「じゃ、櫻井君、日曜日に。」
「あ、ああ。」
俺がぼぉっとしてる間に、大野が日曜日の約束を決めてくれて。
日曜3時に原宿のキオスクで待ち合わせ。
この間と一緒。
はぁ……。
早く土曜日になって欲しいような、なって欲しくないような。
そもそも俺、ちゃんと大野に断れんのか?
あの顔見て、「ごめんなさい」って言えるのか!?
あ~、考えるとどんどん気が滅入って来る。
「櫻井君、戻らないの?」
「あ、ごめんごめん、戻る。」
大野の前に少し出て歩き出すと、安心したように大野も後をついて来る。
「具合悪い?」
大野が俺の顔を覗き込んでくる。
「え、あ、そんなことないよ。
ちょっと寝不足なんだよ。」
笑ってごまかしたけど、大野の顔は変わらない。
「保健室、付き合うよ?」
「あ、本当に大丈夫だから。」
そう言いながら、つま先が引っかかってつんのめる。
うわっ、これじゃ本当に具合悪いみたいじゃないか!
もう片足で踏ん張る前に大野の腕が延びてくる。
ガシッと腰を捕まえる大野の腕。
細いのに意外としっかりした大野の腕が、グッと俺を抱きとめる。
「ほら、やっぱり具合悪いんじゃないの?」
大野の顔がすぐ隣にあって、カァッと顔が熱くなる。
「マジ、本当に大丈夫っ!」
慌てて顔を隠して、大野の腕を払う。
こんなタイミングで王子様オーラ出すなよっ!
「俺、先行く!」
振り返らずに教室まで走る。
大野が心配そうに俺を見てるのが、背中でわかる。
教室に戻った俺は、雅紀の前で怒鳴る。
「もう、あんなこと二度と言うんじゃねぇぞ。」
「あんなことって?」
「ほっぺにブチュッとか、襲ってもとか!」
「はぁ?そんなのいつものことじゃん。」
潤が雅紀の隣に並ぶ。
「いつもすんなって言ってんの!」
「何一人でイラついてんだよ。」
「潤君、やめなって!」
雅紀が間に入って来る。
「イラついてなんかねぇよ!」
ドスッと席に着き、二人に背を向ける。
わかってる。八つ当たりだって。
そんなことしたってイライラは募るばかりだってことも。