待ち合わせ場所は智が指定した。
会いたいと、ただそれだけを伝えるメッセージ。
智も会いたいと……そう思った。
二宮に、あの場所を見せてあげたい。
小説の、あのシーンにピッタリのあの場所……。
鳥居に続く階段をゆっくり上る。
会えばわかるのだろうか?
自分が本当に欲しているもの。
それが何なのか……。
二宮なのか、二宮の小説なのか。
はたまた全然違う別のものなのか。
智は目を凝らして境内を見回す。
神社にまだ二宮は着いていない。
空に雲が増えている。
ひと雨、来るかもしれない。
拝殿の前の階段に腰を下ろし、二宮が来るのを待つ。
ドクッと心臓の音が大きくなっていく。
初めて会った時とは違う緊張感。
コメントやメッセで何度もやりとりした。
あの時よりもさらに二宮を知っている。
なのに、この緊張感はなんだろう?
鳥居の向こうに人影がチラつく。
「……来た。」
智は立ち上がると、自分の尻をパンパン叩く。
二宮が目の前で立ち止まる。
その顔は強張り、思いつめているように見える。
何か……あったのか?
「話って……?」
智が切り出すと、二宮はポケットに手を突っ込んだまま、智を見つめる。
雲が流れる。
太陽が遮られ、暗くなる境内。
ここにいるのは智と二宮、二人だけだ。
今日は社務所も閉まっている。
二宮は一度視線を下げ、何かを考えるように黙り込む。
智はじっと二宮の言葉を待つ。
鳥の鳴き声と風の音が、二人を包む。
何とも言えない時間が流れ、暫くして二宮が顔を上げる。
意を決したように強い視線で智を見つめる。
「文句を言いに来たの。」
「文句……?俺に?」
「そう。」
智は考えを巡らせる。
二宮が小説を書き、それを読む自分。
ただそれだけの関係。
文句など、言われるようなことは何一つない。
コメントに、何か二宮が嫌がるようなことを書いてしまったのだろうか。
いや……二宮は喜んでいてくれていたはずだ。
コメントの返信も、いつでも喜んでいるように見えた。
智は足元の小石を睨み、つま先で小さく蹴る。
「大野さん。いや、FischerManには感謝してるよ。ここまで小説を盛り上げてくれて。」
だったら……。
智は顔を上げ、二宮を見る。
白い二宮の顔は、歪んだ笑顔を浮かべている。
まるで泣き出す前みたいだ……。
「コメントもそう。アナタの言葉に俺だけじゃない。
みんなも影響受けてたし、想像以上に素晴らしいモノになってると思う。」
えっ、それは……。
言い掛けて視線を外される。
他の読者が影響を受けていた?
俺のコメントの?
智は最近のコメントの付き方を思い起こす。
なかなか付かないコメント。
智がコメントを入れると、待っていたようにコメントがなだれ込む……。
あれは……偶然ではなく、俺のせい……?
「そんなつもりは全然なくて……その……。」
智に話す隙を与えず、二宮が続ける。
「いいよ。感謝してる。」
「いや、俺のせいで悩んで……。」
二宮が下唇を噛む。
言い訳など聞きたくない。
そう言ってるようで、智も黙るしかなかった。
湿った匂いがして、そっと空を見ると、厚い雲が空を覆い尽くしている。
ポツっと、智の肩に雨粒が落ちる。
ポツポツッ。
すぐに雨脚は早くなり、頭に、腕に、雨粒が当たる。
智の手が、二宮の肩にかかる。
「コメント、迷惑だったらやめる。」
なんとかそれだけ言って、うつむき加減で二宮を見る。
二宮は、智と視線を合わせてはくれない。
二宮を困らせたいわけじゃない。
ただ……。
「ほんと、迷惑だったらやめる……。」
「俺が書いてんのかわかんないんだよ、もう!」
ザァーっと大きな音を立てて雨が降り出す。
二宮の悲痛な叫びが、雨に掻き消される。
「どんどん引っ張られる。違う方に向かう。けど、みんなはそれを望む。
……ね、大野さん。俺はこれからどうすればいい?」
泣いてる……?
泣かせてる?
俺が……?
智の手が二宮の頬を包む。
見上げる二宮の顔を、容赦なく雨が打ち付ける。
痛そうで、智の指が二宮の頬を撫でる。
「あれは……二宮さんの小説だ。」
「……そう…だよ。俺の小説……。」
雨なのか涙なのか。
二宮の頬を伝うそれが冷たそうで……。
弱そうで、頼りなさげで、この雨から、世界から、二宮を守ってあげたいと思った。
智の唇が、二宮のそれと重なる。
柔らかく包んで、落ち着かせるように、ゆっくりと舌を動かす。
驚いて目を見開いたままの二宮も、徐々に智の舌の動きに合わせて絡まり出す。
雨が激しくなる。
智は二宮の眼鏡をはずし、雨の伝う前髪を撫でつける。
「大野さ…んっ。」
ああ……。
境だ……。
俺が欲しいのは……。
もう一度唇を合わせ、小さな二宮を抱きしめた。