「兄さんの為なら何でもする。兄さんの命(めい)だから……、
ガンディアを守って、離れて暮らすことも受け入れた。」
両手の指を組んで肘を付く。
細くて長い綺麗な指。
何もしたことのない……女のような指。
「その兄さんの寵愛を一身に受けてるって聞いて……。
なのに、あんなに切なくピアノを弾いて……。」
「寵愛って……。」
僕はガンディア公の指を見ながら考える。
僕の夜の仕事が、みんなに勘違いさせてることは知っていた。
でも、みんな口に出しては言わない。
あいつは聖職者だから。
男同士は……認められない。
ガンディア公も勘違いしてる?
僕とあいつが愛し合っていて、でも、結ばれることはないって悲観してると思った?
あのピアノからそういう切なさを読み取ったってこと……?
「あのピアノはね、僕と被ったんだよ。
どんなに憧れても僕は兄さんにはなれない。
どんなに大事に想っても、兄さんへの気持ちを伝えることもできない……。」
ガンディア公……。
「でも君は僕よりはまし。一緒にいられる。
寵愛を貰うこともできる……。
だから、少し意地悪したくなった。」
ガンディア公が、組んだ両手に顎を乗せて笑う。
「僕と兄さんの間に入ることはできないって……見せつけたかったのかな。」
誰よりも優しくて、誠実なはずのガンディア公。
その心の中にも……嫉妬が顔を覗かせる?
ばかな。
そんな必要、全然ないのに。
「僕は……。」
しゃべろうとした僕を遮るようにガンディア公が手を翳す。
「兄さんは僕と母上の為に、父上の側で暮らすことを選んだ。
僕たちが平和に暮らせるように……。」
ガンディア公は、ふっと天井を見上げる。
「誰よりも優しくて情に厚い。優しいから、全てを自分で背負おうとする。
背負って、足が地に埋まっても立ち続ける……。」
ガンディア公の顔から笑顔が消える。
「今度は僕も背負わせてもらおうと思ってる。」
「ガンディア公……。」
「だから、僕の分も……兄さんを支えてあげて欲しい……。」
ガンディア公はグラスを手にすると、ワインを一気に飲み干す。
「兄さんは不器用だから……。」
ニコッと笑うガンディア公は、口を拭いてフルーツを摘まむ。
「僕にそんな話……。」
正直、僕は戸惑っていた。
あいつは憎い敵で、冷酷無比で人を殺めることに何のためらいもなくて……。
そう思っていたのに、ガンディア公の語るあいつは……。
「兄さんが君を大事にしてるのがわかったから……。
悔しいけど。」
ガンディア公はもう一つ、赤いフルーツを口に入れる。
「そんなことない!あいつは……僕の敵だ。」
「ふふふ。そうなんだ?兄さんが憎い?」
「憎い。」
「憎くて憎くてたまらない?」
「もちろん……。」
もちろんだ。憎くて憎くてたまらない相手……それがあいつだ。
それがあいつのはずだ!
ガンディア公が微かに笑う。
「僕は……あなたから見たら、まだまだ子供に見えるはずなのに、
どうしてこんな話を?」
ガンディア公は、ん?と眉を上げる。
「子供も大人も関係ないよ。誰も、自分の気持ちに嘘は付けない。
どんなにごまかしても、自分が自分を裏切ることもできない。
それは大人も子供も変わりない。
大人だから好きになる、子供だから好きになるってわけじゃないしね?」
ガンディア公が紫色のフルーツを摘まもうとすると、
食堂の扉が開いてあいつが戻ってきた。
「マサキ!どういうことだ!」
あいつの顔が険しい。
何があった?
「どういうことって?」
ガンディア公はあいつの顔を見ずに、フルーツを口の中で転がす。
「スフォルツァと結婚だと!?」
あいつはガンディア公の隣に立つと、バンッとテーブルを叩く。
「もう耳に届いたの?兄さんは耳が早いな。」
「わかっているのか?これは結婚という名の……。」
「人質ってことでしょ?わかってるよ。」
ガンディア公は、まるで誰かの噂話でもするような、軽い口調で答える。
「だったらなぜ承諾した!」
「兄さん、僕は兄さんみたいに戦うことはできない。
だったら、この身を使うしかないじゃない?」
「そんな必要はない。お前はガンディアを守っていればいいんだ!」
「兄さんを犠牲にして?」
ガンディア公が強い眼差しであいつを見つめる。
「犠牲だなんて……思ったこともない。」
「僕も、兄さんを助けたいんだ。僕にできることは……このくらいしかない。」
「マサキ!」
「もう決めたことだから。」
ガンディア公は口を丁寧に拭いて立ち上がると、あいつの後ろを通って扉に向かう。
「待て!まだ話は終わってない!」
あいつが背中に向かって叫ぶ。
「無駄だよ。何を言っても、もう変えられない。」
ガンディア公は両手で扉を広げ、優雅な仕草で部屋を出て行く。
「マサキ……。」
あいつは項垂れて、ガンディア公が座っていた椅子にドカッと体を落とす。
テーブルに肘を付き、組んだ両手を顎に当て、苦しそうに目を閉じる。
僕は黙ってあいつを見つめる。
さっき、ガンディア公がしていたのと同じポーズのあいつを。