ガンディア公は噂通りの貴公子だった。
あいつよりもさらに淡い髪の色。
すっきりとした顔立ち。
笑うと頬に刻まれる皺が、優しそうな印象を与える。
あいつよりも背が高くて、長い足が絡まりそうにも見える。
「君がショウ君?初めまして。」
ガンディア公が手を差し出す。
僕はおずおずとその手を取る。
「兄から聞いているよ。とってもいい子だって。」
にっこり笑う顔は、汚い物なんか見たこともないって顔で……。
でも、その瞳は、あいつと同じ色で……。
同じ兄弟でこうも違うものなのか?
父親には隠している僕のことを、ガンディア公には話している。
そのこともなぜか面白くない。
あいつが、ガンディア公に笑いかける。
柔らかく微笑む顔は、他の誰にも見せたことのない顔。
ガンディア公にだけ見せる顔。
僕にも……見せたことのない顔。
「マサキ、こっちでゆっくりするといい。ショウがピアノを弾くから。」
「へぇ、ショウ君、ピアノ弾けるんだ。」
ガンディア公があいつの隣に座る。
あいつは包み込むような素振りで、ガンディア公の背もたれに腕を伸ばす。
「チェンバロの音より、私はこっちの方が好きでね。」
「うん。僕も。」
ガンディア公は、甘えたような表情であいつを見つめる。
二人並んで足を組み、談笑する姿は、いかにも煌びやかで……。
いつものあいつじゃない。
知ってたけど知らない、別世界の人間……。
僕はピアノの前に座って、鍵盤に手を掛ける。
ゆっくりと指に力を入れる。
ポォーーン。
最初の音を聞くと……。
一気に気持ちが溢れ出す。
自分でもわからない、気持ちの昂り。
憎しみ、切なさ、悔しさ、苦しみ……。
優しさ、慈しみ、愛おしさ……。
この混沌とした心の中で、いろんな気持ちが混ざり合って蠢いてる。
グルグルと混ぜ合わされて、どす黒く広がっていく。
なんだろう?
何かが顔をもたげる。
どす黒い混沌の中で、何かが生まれる。
ああ……これは……!
ポロロロン……。
最後の音を奏でて……。
ゆっくりと指を離す。
ピアノから視線を逸らして、二人に合わせると、
ガンディア公が涙を流しているのが目に入る。
「え……ガンディア公……?」
僕が起ち上がるのと同時に、あいつがガンディア公を抱きしめた。
「どうした?マサキ。」
優しい声音。
「なんか……すごく……。」
「すごく……?」
「切ない……ショウ君のピアノ……切なくて……。」
ガンディア公はあいつの肩に手を掛け、体を離すと、僕の前に立つ。
見上げるほどの背の高さ。
涙に濡れたその顔が、僕に近づく。
突然、僕をぎゅっと抱きしめる。
「ああ、君は一人じゃない。兄さんも僕もいる。
この屋敷にも君の味方はいっぱいいる。大丈夫。大丈夫だから。」
優しい優しいガンディア公。
でも……僕は気づいた。
僕の心の中で生まれたもの。
どす黒い混沌から生まれたもの。
それは…………嫉妬だ。
僕はガンディア公に嫉妬してる。
何不自由なく暮らしているから?
何も知らずに幸せでいられるから?
優しさだけでどうにかなると思ってるから?
僕は父さんと母さんを失ったのに、ガンディア公には両親も優しい兄さんもいるから?
違う。
あいつのあの、柔らかい笑顔を独り占めしてるからだ!
あいつの優しさを一身に受けて輝いているからだ!
僕は……、僕は……。
あいつに……。
僕は、ガンディア公を振り払って走り出す。
力任せに扉を開け、廊下を走る。
ああ、なんて愚かなんだろう。
父さんと母さんの敵。
これからも、何人もの人々を傷つけるであろう、あいつ……。
あいつに……
僕は……優しくされたかったんだ……。
ガンディア公を見つめるみたいに、柔らかく笑いかけて欲しかったなんて……。
いつの間にか流れていた涙は、目尻からこめかみに移る。
手の甲で拭って、走り続けて……。
廊下を曲がると、ドンと誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさい……。」
僕は顔を上げず、走りさろうとする。
「……ショウ様?」
声に、振り返ると、ジュンが当惑顔で僕を見てる。
ジュンの巻き毛が揺れて、僕の顔を覗き込もうとする。
僕はジュンの胸にしがみ付いた。
堪えようのない思いと涙を、どうにかして欲しかった。
ジュンは優しく僕を抱きしめて、背中をトントンと叩く。
「泣きたいだけお泣きなさい。ショウ様はまだ子供なんだから。」
僕は、ジュンの胸で声を上げて泣いた。
泣きながら、あいつの胸で泣いたことを思い出す。
あいつは……どんな気持ちで僕を慰めてくれたんだろう……。
どんな気持ちで僕を抱きしめてくれたんだろう。
僕は……あいつにとっていったい何?
あいつは……僕にとっていったい何?