侑李は鳥井の肩に寄り添いながら、勇気を振り絞る。
反対されることはわかっている。
でも、言わなければならない。
舞台に立ちたいと……。
そう思ってもなかなか言い出せず、日が過ぎるばかり。
舞台に立てば、処罰されるかもしれない。
そうすれば、鳥井とはもう会うこともできない……。
鳥井を失いたくはない。
でも、舞台をこのまま捨て去ることも……。
先刻の智の踊りを思い出す。
このまま、智に譲ってしまっていいのか?
侑李は小さく首を振る。
杯を傾ける鳥井を見上げ、戸惑いながらも、口を開く。
「鳥井様……。」
「ん?」
鳥井は杯を置き、侑李を見つめる。
「……戻りとう…ございます。」
「戻る?茶屋へか?」
「いえ……舞台へ。」
侑李は揺れる瞳で鳥井を見つめる。
「舞台……。」
鳥井は小さく溜め息をつき、侑李の肩を抱く。
「私には……踊りだけが全てでございました。鳥井様と出会うまでは……。
踊りの為ならば、どんなことにも耐えることができました。
踊りしかなかったのでございます。
そんな私に、鳥井様が幸せをくださいました。
この思いを、……舞台で花開かせとうございます。」
「侑李……。」
鳥井は目をつぶる。
初めて侑李を見たのは舞台だ。
舞台の上の侑李は輝いていた。
その輝きに魅了され、恋に落ちた。
侑李から、舞台を取り上げるのは酷なことに違いない。
だが、手入れがあるとわかっていて、侑李を行かせることもできない。
侑李はわかっているのか?
「もうしばらく待つことはできないのか?
せめて、手入れが入るまで……。」
侑李はゆっくり首を振る。
「その間に……私の役はなくなってしまいます。」
「そんなことはなかろう。お前は十分に踊れる。」
「はい……。私もそう思っておりました。
しばらく経てば、また戻れると……。
ですが、そうも言ってはいられないのです。」
「なぜだ?」
「いるのでございます。天賦の才を持つ者と言うのは、本当に……。」
「天賦の才?」
「……はい。悔しいですが……、今踊らなければ、私はあの者に負けてしまいます。
小さな頃からずっと踊りだけ、舞台だけを見てきた私が、
たかが一月程度で追いつき、追い越されるのです……。」
悔しそうに唇を噛む侑李の肩を、鳥井は優しく撫でる。
「そんなことはあるまい。お前ほど踊れる者など、そうそう……。」
侑李は激しく首を振る。
「いえ、本当にいるのでございます。
私はこの目で見ました。見せつけられました。
すぐにでも踊りたい。……逃げることなんて……できないのです。」
侑李は目に涙を溜め、鳥井を見つめる。
鳥井は指で侑李の目元を撫で、涙を流させる。
「もう……私とは会えなくなるやもしれぬ……。」
「……覚悟の上でございます。」
侑李の真剣な表情から、覚悟の気持ちがうかがえる。
鳥井は引き留める言葉を飲み込み、侑李を抱きしめる。
「忘れていたよ……。
私が好きになったのは、私の腕の中で大人しくしているお前ではなく、
舞台の上で、光り輝くお前だったのだと言うことを……。」
「鳥井様……。」
侑李は胸に手を添え、鳥井を見上げる。
「私もできる限りのことはしよう。……やっておいで。
そして、輝いておいで。」
「鳥井……様……。」
侑李は鳥井の胸に顔を埋め、声を殺して涙を流す。
鳥井は侑李の額に 唇 を当てる。
弾かれたように、侑李の 唇 が、鳥井の 唇 に 吸 い付く。
これが最後かもしれない……。
そう思うと、口づけはどんどん深くなっていく。
侑李の体が沈み、鳥井の手が、侑李の 内 腿 を 撫 でる。
侑李の膝が当たり、がたっとお膳が鳴る。
杯が転がり、酒が零れたが、二人がそれを気にすることはなかった。