人間本来の姿勢の探求 天正寺住職日記(佐々木奘堂)

人間本来の姿勢の探求 天正寺住職日記(佐々木奘堂)

赤ちゃんを見ればわかるように、私たちは本来、活発に躍動する姿勢を生れ付き持っています。ですが大人になり現に、歪んだ、自らを縛るような苦しい姿勢となってしまっていがちです。本来の歪みなく活発で積極的な姿勢に立ち返る道を探求・実践するためのブログです。

天正寺住職(佐々木奘堂)日記へようこそ。
人間本来の姿勢を探求することを一番の目的にしています。

新年おめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 

今年の具体的指針として決めたこと:

 

「自ら求めて苦しんで、

自ら好んで拷問にかかっているのは

馬鹿げている。

もうよそう!」

 

これです。

これは漱石の『吾輩は猫である』

の一節ですが、この

「もうよそう!」を

私の一生の指針にしようと決めました。

普通に(自然に)生きていたら、

必ず、自らを苦しめ拷問にかけるような

生き方になってしまうので、

それは「もうよそう」と強く思います。

 

自分で自分を縛る無縄自縛、

自ら拷問にかかる生き方はやめて、

「宴坐」という

安らかな生き方を積極的に志すしかない、

と思います。

 

道元禅師は、

「残りの光陰の少なきことを恐れて、

終日宴坐これを務むべきなり」と

言っています。(直筆も残ってます)

 

ぜひ限られた日々、

無縄自縛をやめる積極的な道を

歩みませんか?

 

これが道元禅師のいう「坐禅」です。

 

さて今、天正寺では、新春宿泊坐禅会をしています。

3日(土)と4日(日)の

午前8時からの坐禅会、

9時半からの講座は

ズームでも配信しますので、

ご関心ある方、一緒に坐り、学びましょう。

9時半からの講座では、

今少し紹介した

道元禅師の言葉をじっくり読み味わいます。

どこまでも新鮮で

度胆をぬかれるような言葉です。

こういうものを学べるというのは、

本当にありがたいことと思っています。

人間本来の姿勢の探求をしています。
普通にしていると、歪んで、
苦しい姿勢でいがちですので、
苦しく歪んだ姿勢をやめて、
本来の力を発揮した、美しい姿勢で
生きることを探求しています。

これまで、仏教的な修行法とか、

坐禅のやり方みたいのを探してきました。

 

それが、とても狭い了見だなと気づきました。

 

「正身端坐(坐禅)という仏教のやり方、すごい」とか、

「それを長年探求し、できるようになってきてる俺すごい」

みたいなのって、世の中の、何か秀でて、

「俺(たち)すごい」と全く同じ次元ですね。

 

正身端坐(歪みなく、端正に坐る)は、

仏教とは全く関係ない次元の尊いこと、

人間の基本だと、今日(2025年11月8日)気づきました。

 

「二足直立」が人間が人間である基本と、

歴史の教科書の最初に出てきますが、

これは仏教ができるはるか以前から、

人間の基本です。

 

「自然にしている」

「ありのままにしている」

これでは、100%、

歪身醜坐(歪んだ醜い姿勢の坐り)

になってしまうと思います。

 

歪身醜坐を脱して、正身端坐すること、

これは、人間が人間である基本の道を歩むことです。

ここに実に尊いものあると思います。

 

道元禅師や澤木興道老師は、

「正身端坐が仏道のすべて」と言いますが、

これは「仏教すごい!」とかではありません。

 

人間が人間の基本に立ち返ることがすごいことなのです。

そして、それが「仏教のすべて」なのです。

何と尊いことでしょう。

このことを今日思いました。

 

明日9日(日)東京での坐禅会で、

この人間の基本をしっかりやろうと思いますので、

ご関心ある方、ぜひ共にやりましょう。