おはようございます晴れ

 

9月1日、長月に入りました月見

 

関東、少し暑さが和らぐようですねニコニコ

 

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神社仏閣巡り、参拝記録としてブログを書いています。

 

基本自分目線の記録ですが、

 

なんか楽しそうと思ってもらえたら幸いです。照れ

 

洲崎神社から移動して

 

 安房神社に到着ラブラブ

白い鳥居
 
聖域に入らせていただきますおねがい
 
砂利の参道を 進みますと再び鳥居が見えてきました。
手水舎
アップを撮り忘れました汗
ご本殿へ向かいます走る人
 
主祭神
天太玉命 (アメノフトダマノミコト)    日本の全ての産業創始の神。
相殿神
天比理刀咩命 (アメノヒリトメノミコト) 天太玉命の妃神。
忌部五部神
櫛明玉命 (クシアカルタマノミコト)    
天日鷲命 (アメノヒワシノミコト)   
彦狭知命 (ヒコサシリノミコト)    
置帆負命 (タオキホオイノミコト)   
天目一箇命 (アメノマヒトツノミコト)   
 
安房神社の創始は、今から2670年以上も前に遡るそうで、
 
古い時代から守っておられる神様なんですねビックリマーク
 
拝殿へ行くと太鼓が鳴りご祈祷が始まりました爆笑
 
神様からの歓迎ラブラブありがたいです。
 
男性がおひとり見えました。お裾分けありがとうございますアップ
 
由緒(HPより)
安房神社の創始は、今から2670年以上も前に遡り、神武天皇が初代の天皇として御即位になられた皇紀元年(西暦紀元前660年)と伝えられております。神武天皇の御命令を受けられた天富命(下の宮御祭神)は、肥沃な土地を求められ、最初は阿波国(現徳島県)に上陸、そこに麻や穀(カジ=紙などの原料)を植えられ、開拓を進められました。

その後、天富命御一行は更に肥沃な土地を求めて、阿波国に住む忌部氏の一部を引き連れて海路黒潮に乗り、房総半島南端に上陸され、ここにも麻や穀を植えられました。  この時、天富命は上陸地である布良浜の男神山・女神山という二つの山に、御自身の御先祖にあたる天太玉命と天比理刀咩命をお祭りされており、これが現在の安房神社の起源となります。
717年になると、吾谷山(あづちやま)の麓である現在の場所に安房神社が遷座され、それに伴い、天富命と天忍日命をお祭りする「下の宮」の社殿も併せて造営されました。
 
との事、
 
 山にお社があったと言う事でしょうか?
 
 
 
御仮屋
例祭に際し、出祭してきた近郷の神社の神輿を納めるための建物でありましたが、現在は神輿の入祭は行なわれていないそうです
この空間に輿が置かれたんでしょうか
境内には物凄い生命力の木があります。
 
ご社殿含めて比較的新しい建物なのですが
 
こうやって境内の木々や拝殿裏など全体を見ていると古くから守らている土地なんだな~と感じます

 

丁度記録用に動画を撮っていたら、太鼓の音が鳴り響きました。

 

ご祈祷が終了したようですニコ

 

夫が映っていたのでカットカチンコ短いですが太鼓の音です音譜

ここから少し神様を感じてみようと思いました。

 

相変わらず、詳しい下調べをしていません。

「あっ女の神様だ」と一瞬感じました。

 

後から由緒を後から見ると、

 

男性の神様が主祭神でおられるはずなんです。

 

天比理刀咩命が相殿されていますが・・・。

 

下の宮では男性の神様を感じましたが・・・・。

 

神様修行、まだまだ足りないのかもしれませんあせる

 

しかし、とても大きな神様がいらっしゃる と感じましたビックリマーク

 

 

 

拝殿前階段の右側に厳島社があったようですが、
 
ご本殿を顔見していて見逃しました笑い泣き
 

 

境内を周ります走る人

 

ご本殿裏にはお水取りやお砂取りの場所があり

 

ご祈禱を受けた人が入っていましたビックリマーク

主にご祈祷を受けた人が入れるようですねお願い

 

気持ちの良い空間です照れ

 

琴平社

御神木は
下の宮 (摂社)の前にありました。
 
これまた勢いがよい感じですビックリマーク
 

御祭神
天富命 (アメノトミノミコト)    天太玉命の孫神。
 天忍日命 (アメノオシヒノミコト)    天太玉命の兄弟神。
お願い
 
拝殿へ戻り中を撮らせてもらいました
 
御朱印を頂き記念にくださいとおみくじを引きました。
 
吉運ですが叶わむことが多し、ご祈念しましょうと書かれていました笑い泣き
 
大吉は歓迎と解釈致します口笛
 
 
御朱印
洲崎神社とともに興味深い神社千葉県館山市の神社2社でしたビックリマーク
 
では今日も素敵な一日をお過ごしください音譜音譜