奴は…死ぬまで保留する…
大学生のころ、私の生き方を根底から変えた言葉がある。
それが、
「あの男には生涯純粋な怒りなんてもてない…ゆえに本当の勝負も一生できない。
奴は…死ぬまで保留する…」
という言葉だ。
この言葉、あるマンガの1シーンの台詞なのですが、これを聞いてピンと来た方は相当マニアックですね。
確実に仲良くなれると思います(笑)
奴は死ぬまで保留する。
という言葉は、大学時代、私を含む友人たちの間で一時期大ブームになりました。
辞書を開いて「自堕落」というページを見たら、「たかぎえいちのこと」という説明が書いてありそうなくらい自堕落な生活を送っていた大学生時代の私。
この言葉を聞いて、保留する人生やめよう。って思ったもんです。
さて、この台詞が出てくるマンガは他にも名言が多い。
個人的に好きなのは、次の台詞です。
「あの男には今一時の気持ちがない…。
(中略)
確率は10回まわってくる打席で3回ヒットを打てばいいという考え。
10回のうち3回と考え、100回のうち33回と考える…。時間をどんどん薄くしていく。
本人にそんな気はなくとも結果的に、機会を安く扱っている。
それじゃあダメ…。
(中略)
必死さがない。その機会成就に命を削っていない…。
(中略)
薄い時間しか持てないあの男にそれは無理…。奴にできるのは底の浅い計算だけだ」
今一時の気持ち…
底の浅い計算…
ぬぅぅ…
いま聞いても胸に刺さるぜ。
このマンガは、私の座右の書と言ってもいいでしょう。
「アカギ」
というマンガです。
ちょっと前に参加したあるセミナーの宿題で、「あなたを表す本を持ってきてください」と言われたときに、真っ先に頭に浮かんだのがアカギだったのですが、なんせ20数巻あるので、泣く泣く持っていくのを断念しました。
アカギのテーマは
「麻雀」
です。
麻雀というゲームは人生そのものであり、雀卓は宇宙を表しています。
ドラを大量に抱えたりなど配牌に恵まれた奴(生まれつき裕福な奴)もいれば、どうやってあがるんだ?と愚痴が出そうなほど配牌がぼろぼろな奴(家庭環境が劣悪な奴)もいます。
配牌時にあがりの最終形を決めて打つ奴(目標をまず決める奴)もいれば、流れに応じて形をどんどん変えていく奴(感性タイプな奴)もいます。
でも、どんなときも、配牌に恵まれようが、流れが悪かろうが、僕らにできることはただ牌をツモり、時には相手の牌を食い、いらない牌を切る。
それだけです。
ゲーセンの脱衣麻雀ゲームでもない限り、一度配られた牌を交換することはできません。
いかなる状況だろうと嘆かず、受入れ、僕らは今できる中でベストを選び、一心にあがりに向かうしかないのです。
少しでも高み(高い点)を目指して…
私は麻雀を通して、人生は自分で作ることができることを知りました。
どんなひどい状態でスタートしたとしても、自分次第で最後にはトップに立つことだってできる。
人生は実にドラマティックなのです。
いまどんなに悪い流れの中にいたって、必死であがき、考え、ベストを尽くしていれば、流れ(運命)を引き寄せることができることを知りました。
流れが悪いとき、何をすれば良いか、耐え忍び方を知りました。
また、自分が国士の13面待ちでテンパイしていたのに、トイメンに間三ピンのタンヤオのみ手にあっさりと流されたときには、人生は他者との相関関係の上に成り立っていることを知りました。
どんな大物手も他者よりたった一手でも遅れればあっさりと流される。
その経験は、人生には「時間」という概念がとても大切だということを教えてくれました。
ちなみにこの時間の感覚は、競合との争いが激しい市場においてビジネスの戦略を立てる上で、現在とても役立っています。
雀卓という宇宙の中で、己の人生をぶつけ合い、生き様を問う。
一回の半荘ごとに人生が一巡する。
それが麻雀なのです。
昨今、若者たちの覇気のなさや夢のなさなどが嘆かれることが多々ありますが、NASAの研究によると、その一因が若者の麻雀離れにあるのではないかというデータが出ています(嘘)
若者に雀牌を!
学校に麻雀ルームを!
それで世の中の8割の問題は解決するでしょう(嘘)
ダラダラ長いことお話してきました。
いかに麻雀が素晴らしいゲームかわかっていただけましたでしょうか?
「えっ?結局何が言いたいんだ?」って?
一言、
「麻雀がしたいっ。」
「それも、すんごくしたいっ。」
それだけです(じゃあ、はじめからそう言えよ。)
というわけで、次回日本行ったとき、どなたか麻雀しませんかー?
それが、
「あの男には生涯純粋な怒りなんてもてない…ゆえに本当の勝負も一生できない。
奴は…死ぬまで保留する…」
という言葉だ。
この言葉、あるマンガの1シーンの台詞なのですが、これを聞いてピンと来た方は相当マニアックですね。
確実に仲良くなれると思います(笑)
奴は死ぬまで保留する。
という言葉は、大学時代、私を含む友人たちの間で一時期大ブームになりました。
辞書を開いて「自堕落」というページを見たら、「たかぎえいちのこと」という説明が書いてありそうなくらい自堕落な生活を送っていた大学生時代の私。
この言葉を聞いて、保留する人生やめよう。って思ったもんです。
さて、この台詞が出てくるマンガは他にも名言が多い。
個人的に好きなのは、次の台詞です。
「あの男には今一時の気持ちがない…。
(中略)
確率は10回まわってくる打席で3回ヒットを打てばいいという考え。
10回のうち3回と考え、100回のうち33回と考える…。時間をどんどん薄くしていく。
本人にそんな気はなくとも結果的に、機会を安く扱っている。
それじゃあダメ…。
(中略)
必死さがない。その機会成就に命を削っていない…。
(中略)
薄い時間しか持てないあの男にそれは無理…。奴にできるのは底の浅い計算だけだ」
今一時の気持ち…
底の浅い計算…
ぬぅぅ…
いま聞いても胸に刺さるぜ。
このマンガは、私の座右の書と言ってもいいでしょう。
「アカギ」
というマンガです。
ちょっと前に参加したあるセミナーの宿題で、「あなたを表す本を持ってきてください」と言われたときに、真っ先に頭に浮かんだのがアカギだったのですが、なんせ20数巻あるので、泣く泣く持っていくのを断念しました。
アカギのテーマは
「麻雀」
です。
麻雀というゲームは人生そのものであり、雀卓は宇宙を表しています。
ドラを大量に抱えたりなど配牌に恵まれた奴(生まれつき裕福な奴)もいれば、どうやってあがるんだ?と愚痴が出そうなほど配牌がぼろぼろな奴(家庭環境が劣悪な奴)もいます。
配牌時にあがりの最終形を決めて打つ奴(目標をまず決める奴)もいれば、流れに応じて形をどんどん変えていく奴(感性タイプな奴)もいます。
でも、どんなときも、配牌に恵まれようが、流れが悪かろうが、僕らにできることはただ牌をツモり、時には相手の牌を食い、いらない牌を切る。
それだけです。
ゲーセンの脱衣麻雀ゲームでもない限り、一度配られた牌を交換することはできません。
いかなる状況だろうと嘆かず、受入れ、僕らは今できる中でベストを選び、一心にあがりに向かうしかないのです。
少しでも高み(高い点)を目指して…
私は麻雀を通して、人生は自分で作ることができることを知りました。
どんなひどい状態でスタートしたとしても、自分次第で最後にはトップに立つことだってできる。
人生は実にドラマティックなのです。
いまどんなに悪い流れの中にいたって、必死であがき、考え、ベストを尽くしていれば、流れ(運命)を引き寄せることができることを知りました。
流れが悪いとき、何をすれば良いか、耐え忍び方を知りました。
また、自分が国士の13面待ちでテンパイしていたのに、トイメンに間三ピンのタンヤオのみ手にあっさりと流されたときには、人生は他者との相関関係の上に成り立っていることを知りました。
どんな大物手も他者よりたった一手でも遅れればあっさりと流される。
その経験は、人生には「時間」という概念がとても大切だということを教えてくれました。
ちなみにこの時間の感覚は、競合との争いが激しい市場においてビジネスの戦略を立てる上で、現在とても役立っています。
雀卓という宇宙の中で、己の人生をぶつけ合い、生き様を問う。
一回の半荘ごとに人生が一巡する。
それが麻雀なのです。
昨今、若者たちの覇気のなさや夢のなさなどが嘆かれることが多々ありますが、NASAの研究によると、その一因が若者の麻雀離れにあるのではないかというデータが出ています(嘘)
若者に雀牌を!
学校に麻雀ルームを!
それで世の中の8割の問題は解決するでしょう(嘘)
ダラダラ長いことお話してきました。
いかに麻雀が素晴らしいゲームかわかっていただけましたでしょうか?
「えっ?結局何が言いたいんだ?」って?
一言、
「麻雀がしたいっ。」
「それも、すんごくしたいっ。」
それだけです(じゃあ、はじめからそう言えよ。)
というわけで、次回日本行ったとき、どなたか麻雀しませんかー?