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「中学を出たら働け!」
私の父はそんな考えの人だった。

「今時は、女の子も学歴は必要!大学くらい出て置くべきだ」それが、聡明な母の考え。

母は長い時間を掛けて、夫を洗脳した。

そして
私の実家では、娘の私を大学に行かせる事が決まっていた。

私は、大学進学の為、私立の高校へ行かせてもらい、塾にも行かせてもらい……今思えば、贅沢三昧だった。


でも……
その事が、分不相応で 重荷になっていたのかも知れない。


私は高校時代、無気力になり勉強をサボった。
結果、大学や短大への進学は、あっけなく大失敗に終わってしまった。


その失敗は、生涯私の心の傷となり、戒めとなっている。悲しい気持ち、両親に申し訳ない気持ちは、今日も続いている。


大学の学費はケタ違い。親達は助かったのかも知れない。結局、あまり学費の掛からない道を選ぶ事になった。でも……

……私が、母の夢を台無しにしてしまった事は事実である。悔やんでも悔やみ切れない。



この出来事は、私が子育てをする上で、かなり重要な経験となった。自分の子供に重荷を背負わせないようにしないと!って、いつも思って来た。



私は高校を卒業後、都内の専門学校へ進学した。私がお世話になった高校では、専門学校へ進学は「進学」扱いをしてもらえない。


私の学歴は、高卒。
学歴コンプレックスは、切なくて苦しい……これも、未だに続いている。






母は、専門学校進学を考え始めた私に、さりげなく新聞の切り抜きを渡してくれた。


母が出してくれた助け舟だった。





高校3年の12月、母がくれた切り抜きに載っている専門学校を見に、出掛けた。


都内の着物学院。

月謝が破格だった。

古びた校舎を、心地良く感じたから。

自分の居場所はここだ……と感じた。






着物学院への進学が決まって数日経ち、父方の祖母が他界した。

祖母は、和裁のお針子だった。



父は自分の母親(祖母)の事が大好きだった。

私は祖母の事が、あまり好きでは無かった。清潔感のない人だった。また、意地悪で気が強く、人の事を悪く言うのが好きで、家事が嫌いで、夫を虐げてばかりいて……
お針子なのに、着物の着付けも出来ない。肌襦袢(着物の下着)や長襦袢も持たずに家に現れて、嫁(私の母)に「着物を着せて欲しい」と言うような人だった。

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父は、和裁のお針子に育てられた。
やがて着物好きの女性と結婚し、着物業界で生きて行く娘を育てた。

私の父は、そういう運命の人なのかな(_ _).。o○