同じ羽咋市にある気比大社(けたたいしゃ)に向かう。

入り口の木造鳥居前から古社の風格が漂っている。

 

右手に建つのは社務所。

 

さらに大黒天堂まである。

 

続いて建っている神門(国重文)は左右に回廊を繋いでいる。

桃山時代の天正12(1584)築の四脚門切妻造檜皮葺。

 

拝殿(国重文)は承応23(16534)築の三間四方の入母屋造で檜皮葺。

創建は八代孝元天皇とも伝わるが定かではない。

延喜式内名神大社であり、能登一之宮でもある

ちょうど団体客でにぎわっていた。

 

本殿(国重文)は天明7(1787)築の三間社、珍しい両流造の檜皮葺。

本殿の右手に摂社白山神社本殿、左手に摂社若宮神社本殿と三本殿が並ぶ。

白山神社の祭神は菊理姫命、本殿(国重文)は天明7(1787)築の三間社流造で檜皮葺。

若宮神社の祭神は事代主神、本殿(国重文)は永禄12(1569)築の一間社流造。

写真は本殿と左の若宮神社本殿

 

本殿の後ろには3万㎡の原生林「入らずの森」と呼ばれる社叢(国天然記念物)

広がっており、その中に奥宮があるが入れない。

社殿の右手の叢林の中に境内社として太王神社、奥津島神社、菅原神社、揚田

神社などがある。

写真は太玉神社

 

さらに樹木の中に菅原神社が祀られている。

 

神庫は天明7(1787)築の方一間の校倉造。

また少し離れた旧参道口に随神門がある。同じく天明7年築の三間一戸の八脚門。

 

大友家持も訪れてうたを詠んでいる。

「志乎路からただ越えくれば羽咋の海 朝なぎしたり舟かじもがな」

写真は境内の日本庭園。

 

社殿の左手に受付のような建物があり、入ると巫女さんが立たれていたのでパチリ。