石上神宮から天理駅に戻ろうかと思ったが、少しだけ「山の辺の道」を歩いてみることに。

10数年前に友人二人と共に、この「山の辺の道」を完歩したのを懐かしく思い出す。

僧正遍昭の歌碑のすぐ先に池がある。

この辺りは溜池や古墳濠などが多い。

 

道路高架の下を潜ると懐かしい山道になる。

芭蕉歌碑が立っていた。

「うち山や とざましらずの 花ざかり」 宗房

芭蕉がまだ伊賀上野に住んでいて宗房と号していた頃の句であり、うち山とは

内山永久寺のことである。

 

裏側に池が広がっていた。

 

この辺りはその内山永久寺の跡地である。

永久元年(111318)に鳥羽天皇の勅願で創建され、最盛期には56坊院を持つ大寺院であったが、

明治の廃仏毀釈で廃寺となった。

先ほど訪ねた石上神宮の境内社出雲建雄神社拝殿(国宝)は、永久寺の鎮守住吉神社の拝殿であっ

たという。萱御所跡碑もある。

写真は立看板に描かれた永久寺の境内図。

 

ここから引き返して高架上の道路に出ると、歩道部分にも草が生い茂りこれを掻き分けながら

西に向かって歩いてゆく。

大きな交差点を越えてから北に歩くと、天理中学校を越えたところに西山古墳があった。

古墳全体は見えないが長さ183mの前方後円墳で国史跡。

 

さらに北に歩いてゆくと巨大なホテルのような天理参考館が建っており、信者達の宿泊所

とのこと。

 

もう一枚反対側から撮る。

こんに宿泊所が市内いたるところに建っている。

 

さらに北側の突き当りに、これも巨大な天理教教会本部が建っていた。

 

ここから左折して本通り商店街に入る。

立派なアーケード商店街だが、この日はシヤッターを下した店も多く閑散としていた。

 

長い商店街を抜けるとようやく天理駅前に戻ってきた。

簡単な昼食をとり、JR奈良線に乗って柳本駅に向かう。

写真は幾何学的な天理駅前の風景。