野見宿祢神社の坂道を下って、龍野神社の傍にある衆遠亭を訪ねる。
ここからの眺望絶景をたたえて「衆遠亭」と呼ばれるようになったという。
心字池の上に建つ浮堂の茶室は安政年間に京都所司代であった脇坂安宅が孝明天皇から拝領したと伝わる。
書院造りを模した数奇屋風の建物とのこと。
また隣に茶室「楽庵」も建っている。
傍に井原西鶴の句碑が立っているが彼の句碑は珍しい。
「花ぞ雲 動き出たる 龍野衆」
1691年に西鶴が龍野を訪れ句会を開いた時の作。
さらに奥に藩主脇坂氏の別館である「御涼所」が建っている。
別館の庭園も広く手入れも良い。
龍野神社の長い参道である石段を降り切ってから右に曲がると、三木露風旧邸跡の碑がありさらに旧脇坂屋敷がある。
写真の左の塀が屋敷。
敷地内はほとんど空き地になっていた。
写真はこの通りで見かけた民家。