イメージ 1
さらに中岡崎の近くにある伊賀八幡宮を訪ねた。
池に装飾が施された石橋(重文)が架けられているが、渡れない。
写真は随身門前から参道、石橋を写したもの。

イメージ 2
その先に立つ朱色の随身門が美しい。
この頃より雨が降り出したため、写真撮りに苦労する。
随身門は重文指定。

イメージ 3
伊賀八幡宮の創建は1470年に松平四代親忠であり、家康により社殿が造営された。
家康は大きな合戦の際、必ず参詣したという。
松平・徳川家の守護神として深い尊崇を受け、特に家光はさらに社殿を整え、また朱印540石を賜っていた。
清浄感の漂う境内にどっしりと建つ、桧皮葺の社殿は極彩色(写真)。
重文指定。
祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、東照大権現。

東岡崎でタクシーを降りて、近くの喫茶店にてトーストとコーヒーで遅い昼食。
結局、台風が近づく影響で今にも降り出すような雨雲ながら、ここまではまずまず雨には降られず幸いであった。

イメージ 4
そのあと、近くの六所神社を目指す。
ここからは小雨が間断なく降り続く。
六所神社の鳥居だけは、参道を名鉄電車が横切っているため、離れて立っていた(写真)。

イメージ 5
参道は両側が松並木になっており、さらに樹木が茂る中、石段を登ると朱色の楼門が見えてくる(写真)。
この石段は当時、5万石以上の大名のみ許されたとのこと。
1688年の建立で重文指定。

イメージ 6
この楼門に獅子頭が飾られているのも面白い(写真)。



イメージ 7
拝殿、幣殿、本殿はいづれも極彩色で見た目も実に美しい。
家光公が1634年から三年間で造営させ、160余石の朱印寺であった。
権現造りで社殿すべてが重文指定されている。
写真は煌びやかな本殿の一部。

イメージ 8
さらには本殿左手に建つ神供所(写真)も重文指定。
祭神は塩土老翁命、猿田彦命、事勝国勝長狭命、衝立船戸神、太田神、興玉神ほか十神
また松平家の産土神として崇敬が厚く、ために安産の神様として名高いそうだが、この日は私一人のみで誰も見かけなかった。