経王寺を出て、また来た道を引き返し、日暮里駅陸橋手前の道を右折して、谷中霊園の墓地内を歩き天王寺を訪ねる。
46天王寺
宗派 天台宗
山号 護国山
創建 不明だが、前身は応永年間に日源が長耀山感応寺として開山
本尊 毘沙門天(伝教大師作)
住所 台東区谷中7-14-8
宗派 天台宗
山号 護国山
創建 不明だが、前身は応永年間に日源が長耀山感応寺として開山
本尊 毘沙門天(伝教大師作)
住所 台東区谷中7-14-8
![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190809/12/tenpleandcinema/18/63/j/o0389029214527122843.jpg?caw=800)
近代的な山門風なものが立っておりびっくりするが、本来の木造山門は少し南側にあった。
芝生を張った境内の中央に建つ、端正な本堂は鉄筋瓦葺き(写真)。
他に木造毘沙門堂がある。
1698年に日蓮宗より改宗。
また1700年ごろより当寺で「富くじ」を興行し、目黒不動、湯嶋天神と共に「江戸の三富」と言われた由。
![イメージ 2](https://stat.ameba.jp/user_images/20190809/12/tenpleandcinema/72/76/j/o0389029214527122862.jpg?caw=800)
さらに谷中霊園の墓地の中にあった、谷中五重塔跡地を訪ねる。
幸田露伴の「五重塔」のモデルにもなったが、1791年に建立され1957年に放火心中によりすべて焼失した。
跡地には礎石と、往時の写真が立ててあるのみ(写真)。
すぐ近くに長谷川一夫の墓がある。
墓地を西に横切り、谷中の寺院通りに出て、功徳林寺を通りすぎてから信号を右折。
つづいて「さんさき坂」にある全生庵を訪ねた。
門前や境内が大変な賑わいを見せている。
毎年8月の恒例「円朝まつり」が開かれているためである。
つづいて「さんさき坂」にある全生庵を訪ねた。
門前や境内が大変な賑わいを見せている。
毎年8月の恒例「円朝まつり」が開かれているためである。
47全生庵
宗派 臨済宗国泰寺派
山号 普門山
創建 明治16年 開基は山岡鉄舟
本尊 葵聖観音菩薩
住所 台東区谷中5-4-7
宗派 臨済宗国泰寺派
山号 普門山
創建 明治16年 開基は山岡鉄舟
本尊 葵聖観音菩薩
住所 台東区谷中5-4-7
![イメージ 3](https://stat.ameba.jp/user_images/20190809/12/tenpleandcinema/dd/10/j/o0389029214527122872.jpg?caw=800)
当寺は維新に殉じた人々を弔うために鉄舟が作った。
本尊は江戸城の護り本尊で、葵紋のお堂あり。
鉄筋本堂、木造鐘楼、金色の観音像などがある。
本堂前は夜の屋台造りの準備で大変な賑わいであった(写真)。
![イメージ 4](https://stat.ameba.jp/user_images/20190809/12/tenpleandcinema/f6/5e/j/o0389029214527122881.jpg?caw=800)
本堂裏の墓地には三遊亭円朝の墓、山岡鉄舟の墓(写真)がある。
また「円朝まつり」のお祭りの期間、500円にて「幽霊画」の特別拝観をしていた。
円朝は「怪談牡丹燈篭「「真景累ヶ淵」の原作者でもあり、幽霊画のコレクション家としても有名。
円山応挙を初め、幽霊画がずらり並んだ様はまさに異様であった。
その中で応挙の幽霊のみは美人で、品があるのはさすが。
続いて「さんさき坂」の並びにある大円寺を訪ねる。