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途中、天神社に立ち寄ってから、大寺の西方寺を訪ねた。
山号は安養山、浄土宗の寺院。
406号線に沿って建ち、善光寺に近いが、訪ねる人はほとんどなく、むしろ一時駐車場として賑わっていた。
写真は山門前。

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開山は1199年で、開基は法然上人。
木造本堂は11間四方という堂々たる建物で、江戸初期の再建(写真)。
本尊は阿弥陀如来。
またこの地に明治初期、長野建長の仮庁舎が置かれていた。

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境内には立派な松があり(写真)、また上杉景勝ゆかりの紫雲石もある。
なお一茶の句にこの寺を詠んだ
「散る花や 月入る方は 西方寺」がある。

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少し時間が早いが、参道があまり混んでいないようなので、いよいよ善光寺にお参り。
5月末までは7年に一度の本尊ご開帳で、特に賑わっているが、この時期、この時間帯はまずまずの人出か。
門前町として日本一の規模を持つ仲見世通りの散策も楽しい。
荒削りの阿形、吽形の仁王像の仁王門を入っても両側に仲見世、宿坊が続く(写真)。

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その先にこれも豪壮な二重入母屋造りの三門が迎えてくれる。
高さは20mもあり、重文指定。


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善光寺は無宗派の寺院だが、天台宗と浄土宗の山内寺院によって護持されている。
このため境内にはそれぞれ大勧進(写真)と大本願が建っている。
なお大本願は代々尼僧が住職である。

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国宝指定されている本堂(写真)は、1707年の再建で間口24m、奥行き54mの大伽藍で、まさにそびえたっている。
本尊は絶対秘仏とされており、七年に一度のご開帳は分身仏の前立本尊であるが、お陰でしっかりと目に焼き付けることができた。
ちょうど住職の退場時に出くわし、住職が信者の頭を撫ぜながら下がってゆかれた。
残念ながら写真はダメとのことであった。

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写真は大勧進の放生池から三門、さらには本堂を望む。
なお「お戒壇めぐり」は新型インフルエンザが恐くて今回はパスすることにした。

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善光寺のご本尊は552年の仏教伝来の折、百済から伝わった一光三尊阿弥陀如来である。
642年、誉田善光によってこの地に安置されたという。
鎌倉期には源頼朝の庇護を受けたが、戦国時代は受難の時代で、本尊は信玄、信長、秀吉の間を転々、1598年にようやく信濃の地に戻った。
その後は女性にも手を差し伸べたこの寺は、現世で苦しんでいる人を救済する生き仏ということもあり、庶民信仰の聖地として圧倒的な人気を誇ってきている。
写真は経蔵で、中には一切経6771巻が納められている輪蔵があり、重文指定。

続いてはすぐ近くの湯福神社を訪ねた。