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続いて泉ヶ丘駅の北側に位置する多治速比売神社(たじはやひめ)を訪ねた。
祭神は多治速比売命で、そのまま神社名になっている。
創建は530年頃と古い。
写真は朱色の門。

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拝殿も鮮やかな朱色である(写真)。
境内には13の末社があり、坂上神社、鴨田神社、大神社、住吉社、天照社、八幡社、春日社、熊野社、白山社、弁天社、稲荷社、福石社、水天宮で合わせて荒山宮と呼ばれている。
また周辺一帯は荒山公園となり、梅の名所として名高いが、この日は既に梅花はすべて散っていて残念。

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本殿は室町時代に再建されたもので、重文指定。
様式は三間社入母屋造で、正面に千鳥破風の向拝がつき、さらに軒唐破風がついている(写真)。
屋根は檜皮葺で、豪華な装飾(芭蕉に蟷螂、あわび、花菖蒲、鯱、牡丹等々)が施されているらしい。
なかでも芭蕉と蟷螂(かまきり)の彫刻は全国唯一のものとのこと。

泉ヶ丘駅でタクシーを降りる。4500円であったが、短時間でこれだけ効率的に廻れたことを感謝する。
電車に乗り中百舌鳥駅に下車。
売店でサンドイッチと牛乳を買い、駅前からタクシーに乗りワンメーターの距離の百舌八幡宮に。

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タクシーを降りたところに、立派な山門を持つ寺院があったので立ち寄る(写真)。
光明院で、山号を仏頂山、高野山真言宗の寺院。
729年に光明皇后の発願により行基が開祖と伝わる。
金輪仏頂釈迦如来が本尊であるが、頭守地蔵が頭痛・中風除けにご利益があることで知られている由。
堺の街中を歩くと、思いがけなくこのような歴史ある寺社にぶつかる。
古い歴史を持つ町の良さでもあり、歩いていて発見の喜びを感じることが出来る幸せ。

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百舌八幡神社は欽明天皇期(532~571年)に創建と、これも古い。
祭神は応神天皇、神功皇后、仲哀天皇で、春日、住吉大神を配神。
729年、神功皇后が外征からの帰途、この地で万代(もず)までの天下泰平を祈願されたのが百舌鳥の地名の由来と、これも古い、古い話。
写真は拝殿と大クスノキ。
クスノキは樹齢800年、高さ25m、幹周り5,2m。

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本殿は檜皮葺で豪華なもの(写真)。
1726年の再建。
境内は広く、また参道も大木が並び長い。
ここで買っておいたサンドイッチで昼食。爽やかな風の中、ゆったりとした気持ちに。

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広い境内の一角に池を廻らして弁天社がある(写真)。
また背後には派手な幟がたくさん風にはためいていた。
よく見ると「追手風部屋」「黒海関」などとあり、いま大相撲大阪場所であり、部屋がこの地を借りているのだと解った。

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ここから仁徳天皇陵を訪ねるべく、道を聞き、西に向かって歩き出した。
途中、立派なお屋敷があるので立ち止まると、高林家住宅であり、表門、主屋ほかすべてが重文指定されている(写真)。
天正年間(1573年~1592年)に建てられた、地元の大庄屋の屋敷だったもの。
残念ながら拝観見学はできない。

犬をつれて散歩中のご婦人に、仁徳天皇陵への道を聞き、教えられた通り西に向かってあるくが、このあたりも古い町並みで道路が真直ぐでなく、すぐに行き止ってしまう。
手元には観光案内のおおまかな地図しか持たないので、結局とんでもない方向に行ってしまった。
今度は男性に出会ったので道順を聞くと、随分と来過ぎたとのこと、もっと北の方向だとのことである。
知らない土地を歩くときは、あまりケチらず、地図は買うべきだと悟るが後の祭り。