こんばんは♪

今回はEXIT、りんたろーさんについて記事を書かせていただきました!

りんたろーさんといえば今テレビでは見ない方…
そんな方を書けて光栄です爆笑


アップから見ていただけます!

次回の依頼もいただけて、さらにYouTuberさんの記事もほかクライアントから依頼が来てとても嬉しいです!

どんどん、書いていきたいと思います♪
こんちには♪

今回は
男女のお笑いコンビ、「おとぎばなし」さんについて書かせていただきました!


私も知らなかった方なのでサーチしながらが大変でもあり楽しくもありました。

それでもこうして形に残ることはとても嬉しいことです爆笑

次回は人気の方を書く予定なので、今から楽しみです♪

良ければ、とても見やすいサイトなのでパソコン、スマホどちらからでも見ていただけると嬉しいです♪

いいね、やコメントお待ちしております!おねがい

今日も見ていただきありがとうございました!

こんにちは!

前回の高齢出産についてのブログに沢山の好評を頂けて嬉しい限りです

こんな感じでもいいねをもらえるのがとてもうれしいです。

 

今回は念願の!

エンタメ系の記事を書かせていただきました🎵

 

『片桐仁の粘土作品がすごい!作り方や素材の情報と代表作も紹介!』

https://eternalphototakayuki.com/comedian/katagirinendo/

 

 

自分の好きな方でしたし、こうして素敵なサイトに乗せていただけたことに感謝です。

 

もっと自分のライティングスキルを磨いて、たくさんの記事をかけるようにしていきたいです。

 

いいね、コメントをお待ちしております

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ご依頼は件名を添えて

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までよろしくお願いいたします!

 

 

おはようございます🌤

今日も暑い日が続いていますね…ガーン

なんとも外に出たくない感じがしますが…頑張ります!

 

今回は昨日に引き続き、「高齢出産で生まれわ私と少し毒な親 その2」

なります。

 

昨日より少し…だいぶ毒っ気の多い文章になっておりますので

毒親にトラウマのある方などは閲覧注意です注意

 

では…どうぞ!

 

高齢出産で生まれた私と少し毒の親その2

 

その1では幼少期と学生時代について書きました。

それでは成人しての現在を書いていきたいと思います。ここからはすこし毒要素が多くなります。高齢出産でのリスクとして片隅においていただけると嬉しいです。

 

【成人してからの現在】

現在私は25歳、両親はともに65歳以上になりました。

そこで最近の一番の悩みは「言ったことを聞き取りづらくなっている」

もちろん私ではなく、両親がそうなのです。日常会話は普段の2倍、ひどいときは3倍で話しています。もう大声と変わりません。それじゃないと親には何も伝わらないのです。普通の声で何度もいうと「聞こえない!!!」と怒られます。

困るのが、体調が良くないときです。体力がなくなって声も出せないときも「しんどいから水取って!!!」と大声で言うしかありません。そのままで通じたことなど年々なくなってきています。

同級生や近い年齢の人と話している時、普通の声で会話が成立するのがとてもうれしくて仕方がありません。コミュニケーションにも支障が出てくるのは日常生活でとても困ります。

何度か「補聴器をつけたらいいか」と言ったことがあるのですが、「俺(私)はそんな年じゃない!あんたの声が小さいだけでしょ?!」と怒り出します。

よく考えれば補聴器もメガネと同じで必要ならつけるべきものなのにそれを自分のプライドで拒むなんて、周りが迷惑しているのを感じ取れていないのだと思います。

私にもその感じ取れない感性の血が流れていると思うと、ゾワゾワするものがあります。

 

そして母は物事を大変に忘れやすくなってきました。

前に行った会話、お店、なんでも「この前の話のことなんだけどさ…」と言うと「それ誰か違う人に話したんじゃないの?」と言われ、「確かに話したし、その時の写真もある」というと「そんなの覚えてない!勝手に話した気でいるだけでしょ?!」と機嫌が悪くなります。

いやいや、機嫌が悪くなりたいのは私の方なんだけど…とツッコミを入れたくなります。

なので会話が続かないことも多くなりました。年々話す量も減ってきました。

いま実家で暮らしているからこそ、それは辛かったりします。

 

また、私には発達障害があります。一概には言えませんが高齢出産だと、先天的に障害を持って生まれてくることが多くなるといった説もあります。あくまでも一説ですが。

それは別として、発達障害に対して理解のある世の中になってきましたが、両親は頭が固いようです。世代のせいもあるかもしれません。

1番それを感じたのは、パニック障害を私が起こして暴れた時、119番に電話した時「暴れている」という面で警察も来ることになりました。(たぶん安全を考慮してのことだと思います)

その電話口で母は「パトランプと音は鳴らさないでほしい」と電話口で懇願したそうです。結局鳴らされたし、パトランプのついている警察が来たらしいですが。

それを回復してから「恥ずかしかった」と私に伝えた母は世間体と障害に対しての理解はあまりないのだろうなと感じました。

全てはこの一言で片付きます「世代がそうだから」これに尽きるかと思います。

 

私はその1でも言った通り、一人っ子です。なので、この両親を一人で抱え込むことになります。

もちろん、助けてもらえる機関、相談口はあると思いますが、最終的な決定権はこの家に生まれた私にあります。

高齢出産で生まれた子供には将来こういった憂いがあることを知っていただきたいです。

 

ここからは閲覧注意です。

 

 

 

早くどちらか亡くなって保険金で暮らしを支えながらだったらどんなに楽だろうかと思います。

それが本音です。

こんなこと言ったら批判されても仕方ありませんが、そう思っている人もいたりします。

 

以下余白

 

いかがでしたでしょうか?

感想、いいねなんでもお持ちしております♬

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こんばんは、てんぺろんです。

今回は合間に書いた原稿「高齢出産で生まれた私と少し毒な親」です。

 

実体験をもとに書いていたのですが、これはクライアントがいたわけでもなく、

自己満足で書きました😂

重いテーマですが、少しでも共感してもらえればいいと思っています🎵

ではどうぞ!

 

高齢出産で生まれた私と少し毒の親その1

25歳、愛知県在住、てんぺろん

 

私は両親がともに40過ぎてから生まれました。世にいう「高齢出産」というものです。

これからの文章は、生まれた私である子供目線からのお話です。

年齢を重ねていらっしゃって、子供を産もうか迷っているという方にも少し嫌な話になるかもしれませんが、参考になることが多いかと思います。

ただ、今妊娠中である方にはこころが痛すぎてお腹の子にはあまりいい影響を及ばさないと思うので、ぜひとも読むのをこのタイミングで辞めていただきたいです。

 

【生まれてから子供、学生時代まで】

 

上にも書いたとおり、私は両親が40歳を過ぎてから生まれました。そのうえで一人っ子だったので自分で言うのも忍びないですが、溺愛して育てられました。良くも悪くも。

愛情は他の家庭よりもたくさん受けました。ですが一方でその愛情が良くない方向にも注がれていました。

 

例えば、母が好みのフリフリでピンク、ツインテールに可愛い髪飾りを毎日着せられる。

まるで着せかえ人形でした。私が「着たい」といった戦隊モノのTシャツはことごとくだめと言われ(金銭的ではなく、デザインの面で)行く店はいつも可愛らしいお店ばかりでした。

そのおかげで、今はフリフリやレースなどが大嫌いですし、ピンクも可愛らしいものは好んで着ません。

もとからボーイッシュが好きだったらしい私は完全に今はそちらの服装を着ています。

今でも一緒に洋服屋に行くとフリフリを勧めてきますが、「嫌だ」と一刀両断します。母の機嫌は悪くなりますが、そんな事知ったこっちゃありません。成人しても自分の好みを押し付けてくるあたりは、まだ一人に人間として認識しておらず、自分の所有物だと思っているのでしょう。

 

その他にも冗談で「AIBO(その当時流行っていた、今で言うペッパー君の犬バージョン)がほしい」というとプレゼントで父が買ってきたことがありました。子供ながらに当時の販売価格20万円はすごく高いと思っていたので、なんでもない日にひょいと買ってきたのには正直引きました。なぜなら、通いたいと言っていた習字教室(月謝4千円)は「お金がかかる」と言って行かせてもらえなかったのに、なぜひょいと20万円もするおもちゃを買ってきたのか…

理解が追いつきませんでした。今でも追いついていません。

両親なりの考えもあってのことだったのかもしれませんが、それなら理由を話してくれても良かったのではないかと思いました。もちろん私から「なんでだめなの?」と聞きました。ですが、返答は「高いから」。どちらが親にとって価値があったのか、私とは少しずれていたのかもしれません。

 

極めつけは私の意思は関係なく、夜まで連れ回されることでした。

子供の体力は大人には勝てません。ですが無理矢理に色んな所へ連れて行かれました。

色んなものを見るということは教育の上ではいいことかもしれません。ですが、夜になると連れて行かれるスナックは違うと思いました。

タバコ臭くて、化粧おばけのお姉さんが話しかけてる(当時はそう見えました)それは苦痛の時間でしかなかったです。

私自体、人見知りをする方だったので、頑張ってお姉さんの喋りかけてくれることにうなずくしかできませんでした。

体力も限界でタバコの空気の中、カウンターで寝ていることもありました。

 

 

そんな幼少期から学生時代に話は移ります。

中学3年の夏に父が脳梗塞で倒れました。これから進路を決めていく重要な時期でした。5つほど行くはずだった学校説明会も全てキャンセルしました。しかたのないことです。

父の治療費で私の学費にと貯めていたものは、全て消えました。なので、「中卒で働いてくれないか」と言われました。

なんとしてでも高校に行きたかった私は、トヨタ系の技術を学びながらお給料のもらえる学校を勧められました。もちろん、工具系技術だったので女子はいませんでした。

大変悩みましたが、その様子を見ていた母が公立を一つだけ受けさせてくれました。無事に受かり、その高校は卒業しました。ですが、大学も行きたいなんてワガママは言えませんでした。

ここで言いたいのは、中高年後期になっていた父には脳梗塞のリスクが有り、実際に発病したということです。そこに娘である私の大事な進路を決める時間がちょうど重なってしまったのです。

もちろん、それよりも早く突然なる方もいますし、一生ならない方もいます。一概には言えません。ですが、高齢出産をするとこういったことも将来あるかもしれないのです。

そういったネガティブな方面での将来設計も是非していただきたいなと思います。

 

続きは「高齢出産で生まれた私と少し毒な親 その2」で

 

以下余白

いかがでしたか?

人生って人それぞれですね…

 

よければいいねとコメントお待ちしております!

 

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