我が家のエネルギー事情
節電に心がけて毎日暮らしてはいますが、電力の無い生活などかんがえらえません。しかし思い出してみると、私が生まれ育った時代昭和30年代は電灯が一家に二つ位、風呂は薪で沸かし台所には、竈があって、やはり薪を焚いていました。40年代に入るとガスコンロが入りましたが、今の電化された生活と比べると暗く、不便であったと思うのです。しかしながら懐かしく、一つの部屋に家族みんなが肩を寄せ合っておもいおもいの仕事をしたり、勉強をしたりしていたあの頃を、惨めだったとか、不幸だった等と思ったことは無く、むしろ暖かく心身共に休まり、癒しのある生活であったと思うのです。
この様な生活を営んできた者として、思い出として記憶に留めておくだけでは勿体ないと、思ったのです。あの頃の生活に戻ろうとしているのではないのですが、実践できるところまで頑張ってみようと、決めたのです。今後の報告にご期待下さい!
私の仕事 (1)
風水アドバイザー、風水ガーデニング、占いのサロンを主宰しています。算命学を勉強したことがきっかけとなり、占いの仕事にはいりました。先生と共にショッピングセンターの一角で占いのブースに入って仕事をしていましたが、しばらくして体調を壊し、休ませて頂きましてから、自宅でサロンを主宰して今日に至ります。私の場合、相談者を占うと同時に、その解決策をアドバイスするのですが、風水も合わせて用います。そうする事によって、ただ、心の在り方を説明するよりもっと具体的になるのです。ただ占うだけでは、何の解決にもならないのですから!
算命学を学ぶ (1)
52歳の春、末娘が上京し主人と私だけの生活が始まった。と同時に私は算命学を学ぶ事となり、のめりこんでいった。時間がたっぷりあったので、1日5,6時間勉強していた。初めは娘と張り合った形だったが、そんなことはもうどうでもよかった。兎に角、難しいのだから!無我夢中で勉強したのを覚えている。初めてから2年位経った頃少し面白くなってきた、そして娘が卒業の年には、算命学で占いができるのだという事がわかった。また私の先生は占い師を養成していたのだという事も理解したのだ。一人の人生を占うなんて考えてもいなかった。しかし本当に奥深く、不思議な学問である。私はこの魅力にすっかりはまってしまったのだった。
