なが!おせち料理の歴史
12月になると各店頭でおせち料理の予約販売のチラシがおいてありますね。
私の家ではほとんど家で作るのですが、だんだん重箱に入れる中身が変化していって、 こども達の好きなものを入れるようになってしまいました。
そんなおせち料理は何時ごろからあるのでしょう。
★ おせち料理はいつから食べられてるの?★
お節料理の起源はというと、弥生時代までさかのぼります。この時代は、生活の基盤を狩猟から農耕へと移し、自然に対する畏敬の念を覚え、天に感謝する習慣が生まれて
いきました。それと同時に、中国大陸から暦が伝わり、季節の変わり目をお祝いする
文化が育ちました。そして、節に作るお祝いの料理がおせち料理の起源となったと言われています。
その後、節に作るお祝いは、奈良時代に入ると、宮中行事になっていき、この行事を 節会(せつえ)と言います。
平安時代には節会の中でも、
元旦(1月1日)、白馬(1月7日)踏歌(1月16日)、端午(5月5日) 豊明(11月23日)を五節会といって特別に重要視し、これらの日に出される祝儀料理を御節供(おせちく)と言い、これが、御節(おせち)の語源だとされています。
しかし、平安時代の御節供は、現在のお節料理とは全く異なり、高く盛ったご飯などのシンプルな料理でした。平安時代以降、御節料理は宮中や幕府でのみ、お供えされて きましたが、それが、庶民にひろまったのは、江戸時代の事です。
その際、五節全てを祝う料理だったのが、正月だけにさだまったのもこの頃です。 このころは、まだ御節料理とはよばず、「食積(くいつぼみ)」または、「蓮葉」とよばれていました。
「お節料理」という呼び名が一般的に使われるようになったのは、終戦後になって からの事です。
お正月というのは、本来新たに迎える年の豊穣を司る年神様をお迎えし、幸福を授けて もらうという意味があります。お節料理は、その年神様にお供えをする料理なので、 食べ物によって、様々な意味を込め、山海の幸をたくさん取り入れた料理となっています。
★お節料理には、どんな意味があるの?★
お節料理は、作り置き可能な食品を使っていますが、それは、かまどの神様を休める という意味や正月の三が日は主婦を家事から解放するという意味が
また、正月にはあまり、火を使用しないようにするという意味があります。
それでは、重箱に詰める材料にはどんな意味があるのでしょう。
今では、重詰めは、3段ですが、もともとは、5段だったそうです。
1段目 「一の重」 祝い肴や口取り (祝い肴とはめでたさを象徴する酒の肴)で、黒豆、数の子、たたきごぼうなどです。
また、口取りとは、栗きんとん、伊達巻、紅白かまぼこなどの甘味類です。
2段目 「二の重」といい、鯛、ブリ、海老といった海の幸の焼き物でまとめます。
3段目 「三の重」は、紅白なます、酢レンコン、菊花かぶ、などの酢のものです。
4段目 「与の重」は、里芋、タケノコ、手綱こんにゃくといった煮物類です。
そして、最後の5段目は中身をあえて空にしておきます。そこには、これから先、 新しい幸せを重ねていけるようにという願いが込められています。
でも、現在では小家族になっているので、3段になっています。
また、御節料理を食べるときには、いつもと違うお箸を使いませんか?
それにも意味があるのです。
祝い箸は両方の先端が細くなっていることから「両口箸」とも呼ばれています。それは、一方が神様、、もう一方が人が使用するということで、「神人供食」という意味に なります。
新年を祝うと共に、自分の家を守ってくれるとされる年神様と食事をするということで、使用していない片方を取り箸として使用しないようにしましょう。
また、お祝いの席で大事な箸が折れるのを防ぐために柳の木が使用されています。
柳の木は神聖な木、春一番に芽を出すおめでたい木として使われています。
重箱に詰められたご馳走を食べながら、お節料理のいわれなど思いながら、みんな 仲良く健康で良い年を迎えられますように。