自分にあった主治医に出会うのって難しいですよね。
初婦人科‥20代半ばぐらい
診断くだる
‥33才ぐらい
QOL低下
‥35歳
運命の出会い‥38才
今回は、私が最終的に主治医にたどり着いたお話。
当時は結婚4年目とかそのぐらいでした。
まだ私は若いし子どもはすぐ出来ると思っていたのになかなか授からない。
経血量が不安定で生理も不順だったので、婦人科へ軽い気持ちで行ってみました。
ただの「ホルモンバランスの崩れ」と診断され、半年ぐらい注射を打ってました💉
元夫とはお別れをし、生理については気にもしなくなっていきました。
それが33才ぐらいのとき、突然に始まりました。
経血量と痛みが急増。それに合わせて鎮痛薬の服用回数も増えていきました。
当時私はショップ店員でした。
朝から晩まで動き回り、時期によっては底冷えもあり。
それが辛くなって久々の婦人科受診。
そこでは「子宮内膜症」と診断。
医師には「妊娠しちゃったほうが早い」と言われて、特に治療はなし。
だましだましやって数年。
ついに、一日中立っての仕事ができなくなりました。
この頃は鎮痛薬を生理時は10錠程度、普段でも数錠を一日で服用していました。
少ない人数で回すシフトに穴は開けられないので、とにかく必死で動きました。
タイミングが良かったのか、限界を感じていたのと同時にお店の限界もきていて閉店となったのを機に、事務職へと転職しました。
んが
生理が軽くなるわけでもなく、男性しかしない会社で、ますます休めない上に生理について話せない状況に。
痛みで眠れない、痛みで不安になり、痛みでストレスMAX。
完全にメンタル崩壊でした。
とにかく、ラクになりたくてこれまた久々の婦人科へ。
そこでは、「子宮内膜症と子宮筋腫」と診断。
さらに様子見判定でした。
様子見の言葉を信じて数年。
その間に着実に病気は進行していきました。
様子見が信用できなくなり、他院へ。
そこでは、「子宮内膜症と子宮腺筋症」と診断。
即座に子宮全摘の説明を受けました。
一緒に行った母親は「冗談じゃない
」と怒り心頭でした。
私も、いきなり全摘の話をされたことにショックを受け、違う病院へ。
そこでは「感染症」と診断。
もうこれは見当違いも甚だしいし、ただのヤブ医者でした
あとで知ったんですが、何回か訴えられたことのある病院でした。
そんなこんなで困っているとこへ、元同僚から勧められた病院へさっそく予約をとり診察。
そこで改めて「子宮腺筋症」と診断。
それが柏の葉辻中病院でした
ディナゲストでは更年期症状が酷かったので、ナファレリンの開始。
それでも痛みが治まらないのと妊娠を希望しているということで手術を提案していただきました。
そして霞ヶ浦医療センターへ転院し今に至ります。
数年かけていろいろな病院へ行き、様々な医師と出会いました。
それぞれに一生懸命診察し診断し治療に臨んでいただきました。
今回は、辻中病院の先生にめぐりあい、そして霞ヶ浦の先生にお任せすることとなりました。
ここまで長かった。
本当に長かったです。
もっと早くに巡り会えてたら、天職のアパレルを辞めてなかったかもしれない。
子どもにも恵まれてたかもしれない。
そんな後悔するほど、今の主治医に巡り会えて良かったです