◎殺害のライオン、摩天楼に投影
米ニューヨークを代表する摩天楼エンパイア・ステート・ビルで1日夜、ジンバブエで狩猟愛好家の米国人に殺..........≪続きを読む≫

こういうニュースをふと目にしてしまうと
心の中が バチバチ反応する。

理不尽に虐殺される 恐怖、苦痛、怒り、悲しみ、悔しさ、が、まるで自分のことのように溢れて苦しい・・・・

と 同時に

まごうことなき自分がジリジリと残酷に動物を殺してゆく様を 少し高いところから自分の意識が見降ろしていて
喉から血がにじむほど どんなに叫んでも 自分の声が自分に届かないような 大変な焦りともどかしさに悶えているような気持ちも同時に覚えてしまいます。


すごく苦しいし
ネガティブな波動で 周囲ごとずどんと落ちてしまうような とても嫌な気持ちになるので
できるだけ見ないようにしているのだけれど・・・

セシルのことは 会ったこともないライオンなのに すごくすごく心の深いところに引っかかって 涙が止まらなかったんだぁ(ノω・、)


なんかね
愛のために自己犠牲を選んだキリストのように
セシルは 殺されゆく仲間たちのことを知らしめるために 自ら毒牙にかかる道を選んだような気がして仕方ないんです。

まだまだ たくさんの野性動物が 娯楽のためのハンティングや 密漁などによって 虐殺され続けていて
私たちの目や耳に届くそれらのニュースは 氷山の一角かもしれない。

そんな中 セシルの死は
私たち一人ひとりに このような殺戮社会に甘んじるのか 尊重と共生を望むのか どのような未来を選び取るのか と 問いかけているようで。

現実を知ることによって 意識を持つことができる。

それは 日本での 動物たちの殺処分や実験も同じことかもしれない。
大変厳しく辛い現実だけれど。


会ったこともないセシル 今回のニュースで初めて知った なのに 黒い鬣の姿を画像で見た時 久しぶりに旧友の姿を見たような 懐かしい切なさがこみ上げました。
気高く美しいチャーミングなライオンだったんじゃないかなと思えて
心の中で 何度もなんども 彼を抱きしめています。

すごく悔やしくて怒りもわくけど
大事なのはそこじゃない。

では どんなこれからを望むのか という明確なイメージのような気がしています。

セシルは 矢で射られて 即死せずに 40分も逃げ回る中 追いかけまわされて 最期は銃殺されたそうです。
発見時は 首を落とされ 皮を剥がれていたそうです。


セシル・・・・心からご冥福をお祈りします。