楽しい事も、辛い事も。
色々な人がいた。
そこには私を仲間と呼ぶ人がいた。
相手は仲間だと言ってくれた。
私は仲間だと思うようにした。
だけど、何故だろう。
やはり一人だ。
仲間だと思っていた者達は自由の翼を手に入れ、様々な地・友を求め旅立っていった。
私は何故だろう同じ様に旅立つことが出来ない。
旅立つ為の翼はあっても、旅立つ事が出来ないでいる。
その時の私は
他の人と何が違うのか私にはわからなかった。
そんな事を考える様になったら
いつしか現実の自分と、ゲームの自分との差が激しくなり、区別がわからなくなり、ゲームの自分が現実の自分へと変わりつつあり、仕事、知人、子供、嫁にまで何かあったのか?と思われる様になっていた。
友人に勧められて始めたドラクエ10
その友人も今ではネットで知り合った人と恋愛関係にあるという状態。
「やめたほうがいい。」
その言葉を伝えてあげられた時には
ゲームと現実の自分の切り分けが
きちんとできていた。
その友人からは、私の気持ちをわかってくれないと言われたが、状況は違えど
今では何と無く理解できる。
人の楽しみのあり方は人それぞれであり、楽しい時の時間は人と共有したいと思う人が多いが
人の苦しみ辛さを共感し、ともに解決への道を共に探そうとする者は少ないのだという事も知った。
ゲームとは恐ろしい、人とは恐ろしいものだ。
やるべき目標も見失い
闇雲に溜まった元気玉を消化していくだけで毎日時間を使うのがどれだけ自分の人生において時間を無駄に費やしてしまっていることか。
月々2000円の課金をし、その他ドラクエに関する品々を課金し、コレクションして楽しんでいたあの頃が懐かしいが、今ではどれだけの金を注ぎ込んだのだろう、軽く5万くらい使ってるんじゃないか?
どれだけの時間を使っただろう
その時間を別に使っていたら、別の道もあっただろう
その金で家族を旅行にでも連れていけたのでは・・・そう思えてしまう。
思い出はかけがえのない大切なもの
よくそんな言葉を耳にも目にもするが
自分にとって大事なものは
形として維持し、使用・利用し
思い続けるもの
それにあたっての思い出は確かに掛け替えのない大切なものなのだろう
そう思う。
だが、ドラクエ10において思い出がいくつあろうと形として残るのはなんだ?
サービスが終わって残るものはなんだ?
思い出のアルバムくらいな気がする。
ゲーム内での友人がサービス終了とともに
リア友化にでもなるのか?
顔も名前も知らない相手に
気軽に話しかけ、普段とは違う素の自分を晒せる
別の自分になり切れる、そんなネット世界
面白い反面恐ろしい世界だ。
私が感じたネット世界は
どんなに綺麗事を並べ相手に気持ちを伝えても、ネットの言葉でしかなく、現実の言葉ではないのだという事。
ネットの言葉や記事に感動する者もいるが
感性豊かなのだろうと思う。
私が信じる世界は、自分自身の体と目で見る人々や環境なのだと思った。
なので、ドラクエでお世話なった皆様
現実世界という名のオンラインで偶然にも会う機会があったら、ドラクエ10での話でもしながら、酒でもジュースでも飲みましょう。
財産が欲しければくれてやる。
一時的にでも強い武具を揃えるがいい