昨年、名護屋城博物館へ行きたいと思っていた。
秀吉の朝鮮出兵は、スペインに攻められない為だと思ったから。
そして、今回、行って「黄金の茶室」は、4回使用されており、外人は
「明国の使節」「スペイン領フィリピンの外交使節」とあった。
「黄金の茶室」は、日本の富の象徴であり、日本の豊かさ、強さを見せつける狙いも。
名護屋城には、また能舞台もあり、戦争の為だけの城ではなさそう。
城下には、20〰30万人とも言われ、大坂に次ぐ人口を誇った。
当時、人口世界一は、北京とコンスタンチノーブル(オスマン帝国の首都で現在のイスタンブール)で約70万人。
日本の人口一位は大坂で31万人で、世界4位。
名護屋は大坂に負けず劣らずの活況で、日本全土からの参集した各藩の陣屋があり、商人も集まって賑やかな一大商業圏。
外人も自由に町を闊歩していた。
やはり、秀吉の朝鮮出兵は、その当時の世界情勢が大きい。
日本をスペインの植民地化から、守る為だった。
学芸員の方に、その事を尋ねると、内心、肯定されているように見えたが、「教科書に載ってないから」と
そこで、私は、世界史の観点から、スペイン総督や秀吉の書簡も展示して欲しいと、お願いしておいた
名護屋城のリーフレット本
中身は、
秀吉が世界を征服するような書き方
大航海時代
地図アップ
スペイン、ポルトガル 植民地凄い
こりゃ、日本狙われるはず