事実として
もてない
それがわたし
いやほんとに
もてるひとってなんか別の生き物みたいに思ってた
かわいいし
やさしいし
そうだよね
うんうん
わたしとはちがう
っておもってた
なんにもしてなかったのにね
なんかすればよかっただけ
そのひとつが
「事実を知ること」
もてないこと
今言葉にできているけど
当時わたしはどこかでうけいれたくなかったんだとおもう
はずかしい、、、
わたしは好きでひとりでいるだけ
ひとりでも平気だし?
ってね
さみしいのに
さみしいのに
さみしいのに
それすら受け入れられていなかった
寂しいって事実をうけいれる
そしたら見えてくることがあった
わかったことがあった
もてたいんじゃなかった
愛されたいんだ
愛する人がいて
愛されたいんだ
って気づいた
そんなこっぱずかしい願望もってるなんて
気づかなかった
気づかないふりだったかも
寂しいなら
寂しいって
言えばいいだけだった
自分にね
まずは自分でいいの
だれかきいて
私寂しいの
って言わなくていい
そういうひとは
「カモ」になるからね
表面だけ優しいふりをしたい人のいい「カモ」
お互いに利害が一致してるなら
優しいふりでもひつようじゃーっていうなら
いいけどね
わたしはばっちりそれ通過してますので
わかります
わたしはこれで満足していますよというふり
愛されたいってきづいてないからね
で、いやでこわい目にあって
しょんぼりして
しょんぼりして
しょんぼりして
やめた
だれか、に寂しいっていうのをやめた
寂しいねって自分にいってあげることにした
残念だね
かっこわるいねって自分によしよしした
責めるんじゃなくてね
寂しくても
残念でも
かっこわるくても
ださくても
わたしはわたしの味方だよ
そして味方でいてくれる人がいるよってことに気づいた
ああ、だいじょうぶだなって
だから、だいじょうぶ
きっとだいじょうぶ
だいじょうぶだよって気づいてほしい
もてなくともだいじょうぶ
愛されたいってきづいたら
だいじょうぶ