ブログネタ:バレンタイン誰かにあげる? 参加中抹茶トリュフと黒トリュフに見える和菓子をバレンタイン用にお取り寄せしています。
なのでチョコレートではないですね。京都の和菓子屋さんからのお取り寄せなので、1個あたりの値段より送料のほうが高いという(笑)
問題児さんが一緒に買うから送料半分にしようと言ってくれたので助かりました。2つ購入したので1つをガノタ君にあげて、もう1つは自分で食べます。旦那には毎年なにも送ってないです、特に。その日の夕食がハート型のなにかになるだけですね、ハート型の餃子とか。
隣接病院の医師や職場の薬剤師には事務員全員からという形でお金を集めて贈っています。
バレンタインに手作りでお菓子をつくったのはおそらく24歳あたりが最後かなぁ。チョコレートケーキを当時彼氏だった旦那に作ったのですが「金と手間をかけた素人作のスイーツより専門店で美味いのを買ってくれたほうがいい」という意見に納得したので。
(周囲の女性陣には酷い男! とさんざんに言われましたがww)
それと「生活費をお互いの稼ぎと勤務形態で配分してお前の小遣い額を決めているのだから、小遣いは自分の欲しいものに使え、ちょっとのイベントに無駄金使うな」と言われてからは誕生日もバレンタインデーも何も買わないようになりました。色気無いですけどね。生活を共にする、お互いの老後を話し合う関係になってしまうと、そういう風になるんでしょうね。
プレゼントやイベントごとは友達以上恋人未満の状態で楽しむのが醍醐味なのかもしれません。
今年はバレンタインデーと一緒に誕生日プレゼントも購入してあるのですが、おそらく「相手の欲しいもの」ではないと思います。
プレゼントに関して考えることは人それぞれでしょうけど、私は「相手の欲しいもの」をあげたいとは思わないんですね。
だから「何が欲しい?」と聞かれるのは残念だったりします。欲しいもの、必要なものならいつか自分で買うじゃないですか。それをプレゼントとしてもらうのは「現金をもらったこと」と同じになるわけで。商品券と変わらないよなぁ、色気無いなぁと思うのです。
むしろ自分が「要らないもの」「欲しいと思ってなかったもの」「まったく予想してなかったもの」を“大切に想ってる人”からもらえたらそれが宝物になるじゃないですか。
それに本当に嬉しいのはお金で買えるものではないしなぁ。「時間」「空間」だと思うな。相手がどれだけ“私のことを考えて選んだのか(時間)”喜ばせようとして“いつ、どんなタイミングでどんな演出で渡すか(空間)”が想像出来ると嬉しいですね。
だから彼氏や旦那から貰ったプレゼントを“値段”“メーカー”“デザイン”et ceteraでこきおろしている女性を見かけると、ちょっとガッカリしますね。結局「自分が欲しいものに金を出してほしい」だけなのだなぁと。まぁ私はそういうとこ女性アレルギーで特殊な考えかもしれません。
最近買ってもらったもので一番嬉しかったのは犬でした。犬は私が欲しかった犬種ではないんです、実は。私は「豆柴」が欲しかったんです。結局購入したのは旦那が好きな犬種なのですが、そういう話ではなく。
本当はそのタイミングで買うつもりはなくて、予算は大幅に越えていて、ボーナス支給もまだひとつき以上先のタイミングで。今、買うのはきつい、貯金も家のローンを組むのにあてたばかりでした。それでもギリギリ買えたことは買えたのですが、旦那の性格的にたとえ1ヶ月でも「何かあった時の為に必要な蓄えの最低限ライン」を下回ることは相当なストレスだったと思います。私は「財布のなかに20円しかない」状態でも平気なずぼらタイプなんですけども。
だから「あとひとつき我慢しろ」と言われていたんです。でも私が「インスピレーションでこの犬が欲しい! っていう出会いはね、絶対に大事にするべきなの! ひとつき後なんて絶対に他の人に売れちゃってる。その時にあの時に買っておけば良かったって絶対に思う。だから買って、お願い!」と。
お前、なんの根拠があって「絶対」連呼してんだ、勘のみか。という状況で。普段なら譲らないのに買ってくれたわけですね。
それは“おねだりを聞いてもらった”ことが嬉しかったのではなく。
“自分の主義、価値観をねじ曲げても私の直感を優先してくれた”ことが嬉しかったんです。
さてはて。あげる人が同じ価値観でいてくれるかどうか(笑)
「要らないものもらっても困るなー」タイプだったらどうしましょうね。
でもなんとなく「貰えたらなんでもありがたい」って言ってくれるような予感はあるのですけど。
それも味気ないですけどね、感想ちょっとくらいは言ってほしいな、という希望はあるんですが、照れ屋だから仕方ない。そこがいいところなのですし。
ふふ、なんかウキウキしますね。バレンタインデーって。