ひさしぶりの舞台鑑賞の日・・・

世界の蜷川幸雄先生のシェイクスピア



蜷川先生といえば、鬼とも言われる演出家。

でも、木村拓哉、藤原竜也、成宮寛貴、などなど、
蜷川先生に見込まれ、千本ノック(鬼の稽古)を受けた役者は、
それだけの才能と開花を見せる・・・。

稽古場では、灰皿が飛ぶことは有名だったな・・・。

蜷川先生が投げるから・・・。


蜷川先生の舞台はテレビではなんども見ていて、
「ハムレット」「オイディプス王」「身毒丸」と
どれも、すんごかった・・・。

なんかね、血が飛び散るような鮮烈なイメージを与える
舞台でした。
役者さんのスタッフさんたちの魂を感じる舞台・・・。

まさに入魂って感じ。

その蜷川先生の舞台を、ひさしぶりに生で見れるのだ!
数年ぶりだ!











マチネが始まるまでに、ちょいと考えねばならぬことがある。





旅行から帰っててきたその日から、
ちょいと限度を超えて、母と弟に自室に居座られてしまい、
疲れ果ててしまった。

ほどをわきまえてさえくれれば、
おいしいお茶を入れ、楽しいおしゃべりをするのは
私も楽しいのだけれど・・・。

やりたいことを抑えつつ、お相手をしてるうちに
心がピリピリしてきてしまった。




昨日、ブログのコメントで、盛村に
「天ちゃん、寂しいんだね。」と言われて、
ちょっとビックリした。

「寂しいなら言ってね」とか
「寂しいの?」という言葉をいただいたことはあるのだけど、

「寂しいんだね。」と相手から断定されて言われたことは
なかったから。

いや、盛村にそんなつもりはなかったかもだけど。


ささくれ立った心の整理と、
寂しいんだって言われてビックリした心の整理。





幸いに劇場のある与野本町の駅前は綺麗で、
とても空間が広くて、ゆっくり考えるにはうってつけ。

広い芝生にオブジェ。

青い空。



歩きながら、「寂しいのかなあ」って考えた。

だって、友達もいて、
一緒に住んでるじいちゃんもばあちゃんもいる。

母だって、週一で通ってきてくれる。



なのに、どうして、「寂しい」のか。



一人なわけでもないのに、
一人な気がする。



この感じは昔よく・・・。

そう思ったとき、ふと、私の寂しさの原点は、
いつだって、無くしてしまった「家族」というものにあるのだと
思い出した。

私はいつだって、家族みんなでお夕飯が食べたかった。

パパのこぐ自転車の後ろに乗っている女の子が
うらやましかった。



それだけは、いくら願っても、もう、手に入らないから、
今すぐには無理でも、少しづつ心に沈めて、
抱えていくしかないと思った。


だから、うまく折り合いをつけていたはずだった。





なのに、今、どうしてまた、昔から抱えていた寂しさが
にじみだしてきたのかといえば、
きっと、弟が母と暮らしている家を出て、一人暮らしを始めると
言い出したからだと気がついた。

母が嫌いだそうだ。

私は、一緒に住んでいては、誰も幸せになれないからと、
泣き喚きながらあの家を出されたのに・・・。




弟が家を出ると私に言って来た時、
母はどうするのかと止めたけれど、
止め切れなかった。

仕方ないことだと、諦めたけど、
それだけのことがと思っていたのだけど、
また、さらにバラバラになるのか、私の家は・・。


そうか、私はそれを聞いているのがイヤだったんだ。

気がつかなかった。


そりゃあ、もう、家族みんなでお夕飯なんて、
やっと七年ぶりに父と再会して、「帰らない」って言われたときに、
「ああ、もう、駄目なんだ」って諦めたけどさ・・。

というか、すぐには諦められないけど、
抱えていくしかないなって思ったけど。





でも、家族、仲良くってそんなに叶わない願いなの?

この上、また、母と弟が別れるの?

私の今までの努力と願いってなんなのよ。


まあ、家族なんて長女一人が家族であることを願っても
成り立たないか・・・。






ああ、なるほど。

私はだから、今、寂しいし、イライラするんだ。

昔の痛みが戻ってきたのか。


居座る母と弟のために、やりたいことできないから、
心も乱れやすかったのね。




アットブルグでいっぱい楽しい思いして、
みんなとお別れしてちょっと寂しくて、
帰ってきたら、この有様で、
そりゃあ、古傷も開くわ。




納得納得。




でも、しょせん古傷だから、治るのも早いわね。





そして、寂しいって思うと、イヤだ~!!!って
刃向かう自分も、古傷なんだって気がついた。


家族と一緒にいられなくなって、
私をいいように使う友達?と、
一人ぼっちになる覚悟で縁を切ったとき、
寂しいと思う気持ちは、思い切り敵だった。


家に戻りたいと思う気持ち。

また利用されてもいいから、
あの友達?のとこに戻りたいという気持ち。

私から謝りさえすれば、また戻れるという気持ち。

どっかに私の友達はいないか?
私を助けてくれる人はいないか?



ああ、冗談じゃない!

一人で立たなきゃ!

もう、二度と、あんな地獄みたいな人間関係に戻るもんか!

私は一人でしっかり立たないと、
母も父も弟も幸せになれないんだ!


頼っちゃ駄目なんだ!


一人でしっかり立たないと!






寂しいって思うたんびに、部屋で一人でそう思って、
私はうなって転がっていたわけで。


そのときの条件反射が体と心に染み付いてるんだ。




なるほどな~って自分で感心




そして、さらに深く考えたのだ。





あのとき・・・

あのときは、
誰にも頼ってはいけなくて、寂しい気持ちに負けて、
縁を切った悪友のもとに戻ってはならなかった。

寂しいという気持ちは、絶対拒否の敵だった。



でも、今はあのときと状況が違うんじゃないか?


寂しい気持ちに負けて、戻ってはならない悪友もいないし、
寂しくなったからって、暴走する自分もいないし・・・。



今の私にとっては、寂しいという気持ちは、
昔ほど大暴れして拒否しなくていいモノなんじゃないか。



そっかあ・・・。






そうなんだあ・・・。







劇場に向かうまでの間に、そんなことに気がついておりました。

人との出会いは、人を変えるね。
別に歴史に残る偉人さんとの出会いでもないのに。




目から、重たいウロコが一枚落ちた。


そんな昼下がり。



後編に続く