2025年、おめでとうございます。
気づけば半年、ブログを書けずにいました。
振り返るには遅いけれど、振り返っておかないといけない気がします。
昨年の真夏に
あまりにも突然のことで、今でもいないことに慣れずにいます。
知的障がいがあるというのは、この世では、やはり弱者なのだと思い知らされました。分別があれば防ぐことのできた、不慮の事故でした。
半年がたち、今更ながら、彼の存在の大きさを思い知られているところです。時がたつにつれ、心の穴が、くっきりと感じられるようになってきた、というか。
でも…
どちらにせよ、私たちは前を向いて、生きていかなければならない。
使える介護サービスをフルに利用して、何とか生活を保っているけれど、日々何かが起きるので、こちらは振り回されっぱなし。
こんな状態だけれど、父も母も元気で暮らしてくれていること。
そして、私の乳がんも、今のところ再発なく、リンパ浮腫も何とか現状維持できていること。
実際、喪失感に浸っている暇が、全然なくて。ここまで必死に、目の前のことをこなすのに精一杯。
そんな2024年の後半でした。
2025年もきっと
今年はもう少し、心に余裕をもって、介護も楽しんでいけたらなと
そんな風に思っています。
そして今年は
気づけば半年、ブログを書けずにいました。
振り返るには遅いけれど、振り返っておかないといけない気がします。
昨年の真夏に
知的障がいのある弟が、この世を去りました。
あまりにも突然のことで、今でもいないことに慣れずにいます。
しばらくは、1人になると、涙があふれ。父も母も私も置いて、1人でいっていまったことに茫然とし。
知的障がいがあるというのは、この世では、やはり弱者なのだと思い知らされました。分別があれば防ぐことのできた、不慮の事故でした。
半年がたち、今更ながら、彼の存在の大きさを思い知られているところです。時がたつにつれ、心の穴が、くっきりと感じられるようになってきた、というか。
でも…
彼は彼なりに、この世を楽しみきって、逝ったのではないか。次の世界へと、自由に羽ばたいていきたかったのではないか。
どちらにせよ、私たちは前を向いて、生きていかなければならない。
弟の喪主を、何とかつとめ終えた父は、加速度的に、認知症が進んでしまって。
使える介護サービスをフルに利用して、何とか生活を保っているけれど、日々何かが起きるので、こちらは振り回されっぱなし。
こんな状態だけれど、父も母も元気で暮らしてくれていること。
そして、私の乳がんも、今のところ再発なく、リンパ浮腫も何とか現状維持できていること。
それが当たり前ではないことに感謝して、今を精一杯、生ききっていくこと。
実際、喪失感に浸っている暇が、全然なくて。ここまで必死に、目の前のことをこなすのに精一杯。
そんな2024年の後半でした。
2025年もきっと
父と母の介護は待ったなしでしょう。
一緒にいられる時間を愛おしく思う気持ちもあるので
今年はもう少し、心に余裕をもって、介護も楽しんでいけたらなと
そんな風に思っています。
そして今年は
息子も高校受験に向けてスタートの年。
仕事も独立に向けて動き出す年。
絶対に、倒れてはいられない。
そこだけは、闘志を燃やしております。
どうか、良い年になりますように。