お久しぶりです^ ^
蒸し暑くなってきましたね。
今更ながら唐突に現代版艶が土方さんSSです。
8人の旦那様がでてくる、しまっておいたお話から一場面を抜き出して書きました。
もうほぼオリジナルですが、よかったらお付き合いください。
***
「最後にねたのは…旦那じゃねぇだろうにな」
土方さんは少し眉間に皺を寄せ、悲しむとも懐かしむとも言えないような表情で、そのハガキを置いた。
それは私達の共通の友人、真希さんのご主人が私に送ってくれた彼女の訃報。
「そう…ですよね。旦那さんの話ってあんまり聞いたことなかったから変な感じがして」
私達の知っている彼女は恋に奔放な女性で、家庭からはおおよそ遠いところにいるような人だった。
けれども…
丁寧に手書きで書かれた彼女の死を伝えるご主人の文は温かく、寂しがりの妻と仲良くしてくれてありがとうございましたと締められていた。
そこからは少なからず、彼女への愛、を感じられて。どんな形であれ、夫婦という型に入っていた二人の歴史がこのハガキに詰まっているような気がしたのだ。
寂しさなのか、懐かしさなのか。
一人もてあましてしまったなんともいえないこの気持ちを、彼女を知っている人と話すことで落ち着かせたくて。
私は二年ぶりに土方さんに連絡をして、彼が所有するオフィスビル一階のカフェにきている、というわけだ。
出会った頃は仕事ができるサラリーマンだった彼が、ご家族から引き継いだビルのオーナーになり、その中にあるカフェバーを営んでいるというのには驚いたけど、すっかりマスターが板についている。
コーヒーを淹れる端正なその横顔からは、ビジネスマンとしてもマスターとしても沢山の人を見てきた男の人の厚みのようなものを感じられた。
***
私と真希さん、そして土方さんは週末行われる、もの書きの集まりで出会った趣味仲間だった。
とりまとめてくれていた作家先生が吉田松陰を好きだったことから、マルショーの会と呼ばれていたその集まりは、古い居酒屋か喫茶店で開かれていた。
赤坂、六本木、銀座、おしゃれなダイニングバーやカフェが立ち並ぶ中、よくぞここを見つけたという昭和な感じのお店に、下は十代から上は七十代までのメンバーがその週書いた原稿を持ち寄り、皆で読み講評し合うのだ。
先生が大らかな人柄だったこともあり、会はいつも賑やかで、書けても書けなくても皆で集まり、誰も原稿を持ってこず、ただ食べて飲んでおしゃべりするだけの時もあった。
そこで出会った真希さんのお話は刺激的で。
どちらかというと、恋愛に省エネ派だった20代半ばの私は、彼女がしてきた恋の多さに声無く驚き、書かれた話の目新しさと彼女自身のそのキャラクターに惹かれた。
しかも夫がいて大学生の息子さんがいることを忘れるくらい、現在進行している恋の話も少なくなく。
恋愛体質って本当にあるんだと思ったものだけど、それだけではない。実際、その当時の職場の若い同僚達を思い浮かべても彼女より魅力的な女性はなかなかいなかった。
社会の枠にはまらない恋愛や生き方を愛した彼女と、最小限のエネルギーで馴れ合いの恋愛をして、枠からはみでるのが怖かった私。そして、そんな私達の会話を生暖かく聞いてくれていた土方さん。
そんな全く違う私達三人が仲良くなったきっかけは、帰る方向が一緒だったからというシンプルなものだった。
最終間際の中央線はいつも混んでいたけれども、私達はそんなことにかまわず、その日読んだ作品のテーマや、家や恋愛、夢、それぞれ思いのまま話した。もともと違う私達、否定上等、精神論に及んでも不快な思いをしたことはなかったように思う。
物を書くことは少なからず自分を晒す行為だ。社会生活しているいつもの自分と書くものの中に表れる自分の両方を仲間に晒す。その気恥ずかしさを、無意識に彼等とたくさん話すことで打ち消そうとしていたのかもしれない。
少しの沈黙の後、私はちらりと土方さんをみた。
彼は…真希さんとどうだったのだろう?
なんとなく、彼女は土方さんを気にいっていた…ような気がしていた。当時も独身で無口な彼は、その強面ダンディな様相に似合わない優し気な話を書いてきていて、意外性No.1だったのだ。
私には届かないであろう彼の存在を、彼女が見逃す訳ないだろうと思っていたのに、私達は二年前、私が引っ越すまでずっと三人で帰っていたのだ。
「…どうした?」
「あ、いえ、マスター姿はまってるなぁって」
「まあ、昔から手伝わされていたからな」
ふっと笑いながらだされたカップにお礼を言いながら口をつけると、持て余した気持ちを誰かに受け止めてもらえたような安心感に包まれた。
「美味しい…」
「そうか…よかった」
「…前から思っていたけど、土方さんはどこで何をしていても土方さんな気がします」
「…誉めなくても、ここは奢るから安心しろ」
いつの間にか温めてくれたクロックムッシュを続けてだしてくれた。
「えっと、そんなつもりでは…」
「職場から直行で来たんだろ。どこかへ食べに行きたかったが、遠いのにわざわざ来てもらって悪いな。大したもんはだせねぇが、少しつまめ」
「はい…いただきます」
変わらない。
ぽつりぽつりとしか話さない彼のリズムは、私が欲しかったものを全部くれる。自分一人では埋められない隙間を彼の低い旋律が埋めていく。
勇気をだして、ここに来てよかったと思った。
***
最後のお客さんを送り出し、日付が変わる手前まで話し込んだ私を、彼は駅まで送ってくれた。
終電に乗ろうとする人でごった返した駅のホームを少し離れた橋の上から眺める。
賑やかしい話し声と街の独特の匂いの中、何故か…私は真希さんが書いた一つの台詞を思い出していた。
『恋は風に吹かれることなく落ちる葉のようね。けれども戻ってくるあの人という場所がなければ私は落ちたことにも気づけなかったと思うの。』
不道徳に分類される彼女のお話は、いつも知らない誰かに向けた美しい懺悔のようだった。そのために彼女は書いているような気すらした。
じゃあ…
土方さんは何のために書いていたのだろう。
彼は、こうして現実にそぐう生き方ができて、どんな立場になっても、らしさを貫ける強さと優しさがある。なのに、何故彼はものを書くことに時間を割いていたのだろう、書く必要なんてなさそうなのに。
あれ?そういえば…私は何のために書いていたんだっけ…
「おい…大丈夫か?」
薄いストールが人波に引かれてよろめいたところを、グイッと肩を寄せられ我に戻る。
思ったよりもずっと近い所に彼の顔があって驚いたのは私のはずなのに、私の顔を見てピクリとうろたえたような表情を見せたのは彼だった。
「……」
目元をそっと撫でられて、私は自分が泣いていることに初めて気が付いた。ひんやりとした夜の空気が私たちの間を通っていく。ぼんやりとして何も答えられない私の肩を抱いたまま彼は橋の下のホームに目を落とし、私もそれにならい視線を移した。
あの頃と同じように人がうごめいているその光景は、誰かが撮った映画の一場面のようで。
「…不思議ですね、何も変わらないように見えるのに…」
「…ああ」
私達はあの群衆の中に紛れて笑っていたのだと、ありきたりの映画のシナリオをなぞるように文字として私の頭の中にタイプされていく。いないのは彼女だけじゃない、あの頃の自分達もいないのだ。駅からは最終電車が到着するアナウンスが聞こえてきて、毎夜繰り返されるそれが一層現実感を消していった。
「土方さん…………」
『電車、一緒に見送ってくれますか?』 続く言葉を発せられないまま立ち尽くす私に、彼はただ黙って寄り添っていてくれた。電車がホームに滑り込み、操られた砂鉄のように人が交差し、やがて誰もホームにいなくなるのを二人見届けた後も、私達はそこにいた。
「…行っちまったな…」
「はい…行ってしまいましたね」
ぐっと後頭部が引き寄せられると、少しおどけたように悪い顔をした土方さんが目の前にいた。
「…で、お前はどうしたいんだ?電車は始発までねぇぞ…」
「…え?…いや、すみません。あんまり考えてなくて…」
クッと笑い、もう一方の手で確認するように目元を撫でると、ポンと頭に手を置き彼は駅とは反対方向に歩き出した。離れた体温を求めるように、その背中を私も追う。
「土方さん?どちらへ?あの…明日もお仕事ですよね…私なら大丈夫なんで…」
「阿呆…」
振り向きざまに何故か睨まれ、言葉をさえぎられる。
「そんな迷い子みたいな顔しながら、無理をするな…何も今更いきなり取って食おうってわけじゃねぇ」
あの頃は見たこともなかった優しい艶やかな笑顔で彼は笑う。
そのシナリオはどこに転がっていくのか、未熟な私にはわからないけれど、それは映像の中ではなく今の自分達の物語なのだということだけはわかる。もうあの頃の電車には乗れない。静かな線路の行先は夜に消えては、また朝を迎えて照らし出される。明日もそれは繰り返されるのだ。
「ありがとう、ございます…」
そっと掴まれた手首から、彼の体温が伝わってくるのを感じながら、私は少し早足で歩き出した。
***完***
土方さんは何故書いていたのだろうと思ったことをきっかけに、「桐○部活辞めるってよ」ぽく場面場面に亡くなった真希さんを匂わせながら、それぞれが今を考えるお話しにしたいなぁと思いながら当時書いていました。
旦那様8人のうち、4人が艶シーンあり、兄は秋斉さん、真希さんの旦那様は俊太郎様の設定☺️今考えるとどういうモードだったんだろうな、私(笑)
今回、捧げもので可愛い先輩後輩 会社員の話を書き始めたのに、どうしてかこちらの土方さんに呼ばれてしまってアップしました。
私に関して言えば、ものを書くことは、好きな人達を脳内で動かしてお話にしたい願望もあるのですが、日常会話にしにくいものをお話として言葉に残したり、その答えを求めたり、私とは違う人物がこういうシーンではどうするかを話しの中で発見したり、と書きたいと思う動機はその時その時で様々だったように思います。
今回のお話は土方さんに話を聞いて欲しかったんですよね。ある意味過去への鎮魂を込めて。自分自身の懐かしいシーンも駆け足で入れながらだったので、読んでる方からみると??な部分もあるでしょうが、これは大切にしていたお話でした。
なので、久しぶりにアップまで至った自分を褒めてやろうと思います(*´ ˘ `*)
創作理由ってきっとその人その人で違うと思うのだけど、またこの話の会のように語り合いたいなぁ☺️
それではまたいつか🌸
はな