【回想録~3】で、端折った1ヶ月を綴ってみようと思います。
2012.3.23 一山越えた地元に近い個人病院で初診にて『癌告知』を受ける。


同.3.28 紹介状を持って大病院受診。(採尿・血液・肺活量・レントゲン・心電図・CTR)
同.4.2 外来受診。(胃カメラ・大腸内視鏡)
同.4.3 外来受診。(大腸バリウム)→こりゃ~キツかった


同.4.17 外来受診。(MRI)→主治医より入院&手術の日程を詰められる

同.4.20 外来受診。(なんやかんやの結果を聞く)
同.4.27 外来受診。(PET-CT)

同.5.2 外来受診。(嫁さん同伴で結果&スケジュール確認)
同.5.18 入院。→ 5.19 外泊。
同.5.22 手術。→ 5.31 外泊。→ 6.13 退院。→ 6.14 市役所にて身障者手帳。
もっともっと病院に通った記憶なんだけど・・・

こんなもんだったのかな。。
しかし、仕事スケジュールの合間を上手に通ったなぁ!・・・と、改めて思う。
3.28日の受診は・・・既に手術ありきな対応だったように思う。
その後、28日含む4回の受診検査では・・・部位の見た目は『癌』だけど、『癌』だと断定できる結果が出ない?
・・・ということで、PET-CT検査を受けることに・・・


ゴールデンウィークの真っ只中に嫁さんと結果を聞きに外来受診。。ここでも不思議な空気が漂っていたんだよなぁ


≪ホントに癌なのか?≫
ま、しかし・・・主治医が『大変な手術ですが…うんぬんかんぬん…』
・・・切ること前提の話。
何とも…もやもやした気持ちで過ごした1ヶ月でした。
人生初の入院

ってことで、個室をお願いしていたんです。
初日の朝、入院手続きの後…案内された病室が6人部屋でした

話を聞けば…個室に空きがない…とのこと。(最初っからわかってたんじゃ?)
気持ちが凹んで、お昼は外食するってことで外出届けを出して夕方に戻りました。
病院食の夕食をいただいて、午後7時頃・・・
斜め前の30代が・・・すすり泣き?・・・ずっと・・・ずっと・・・2時間以上・・・


で、深夜・・・80代のお爺ちゃんがナースコール押し捲り

幾度も幾度も・・・駆けつけた看護師さんと大声で身の上話・・・同じ話・・・



人生初入院の夜は・・・眠れず朝を迎えました。(意外と繊細なのかな?)

翌日は外泊届けを出して自宅にて熟睡


病院に戻ると、看護師長さんから・・・
『トイレ&バス&洗面&キッチンのある個室ならあるんですが・・・』
あるんやん

そこに移動します

『ちょっと高額になるんですが・・・』
んっ?ええようにやられた??(苦笑)
そんな感じの1ヶ月でした。
ボクは、この時点で入院手術&癌だということを周りの殆んどの方に伝えてなかったんです。
嫁さん・2人の子供達・両親・義理両親・実弟・ほんの一部の仕事仲間&取引先様くらいでした。
実は、術後1年半も過ぎ、初受診から2年になろうとしてますが・・・
未だ全く知らない方のほうが多いんですよ


入院3日前まで普通にGOLF

もしてましたからねぇ~

(去年なんて55ラウンド

もGOLF場に通ってますから。。)

ま、そんな感じで入院生活に突入したので・・・一般的な見舞客は皆無なわけです。
いやぁ~快適でしたね

広すぎる病室でパターの練習なんてしてましたから。。
どうも・・・ボクはプライドが高いようです!弱いくせに弱い部分を見せたくないんですね

気懸かりは仕事だけでした。
でもね、仕事なんてボクがいようがいまいがまわっていましたよ


人生、悩みは(様々な方向から)尽きませんが・・・
障害者となった今も・・・変わらぬ自分でいたい!と思っています。
次は、家族について綴りたいと思っています。