オリジナル小説
『聖なる夜には奇跡がおきる』
作:獅子山 竜
12月24日、クリスマス一色に染まる夜の街。
裏通りで年端もいかない兄妹が新聞紙を羽織り、肩を寄せ合っている。
兄は10歳、妹は8歳くらいだろうか?

「おにいちゃん、パパとママはもうかえってこないの?」
「・・・うん」
兄はまた妹が泣き出すと思ったが、もう泣く元気も無いらしい。

「どうした?さむいのか?」

「おなかすいた・・・」
兄は表通りの方を見つめて、食べ物を盗って来られないだろうか?と考える。
「いまからおにいちゃんがなにかもらってくるから、それまでここでおとなしくまっているんだよ」
「いやだ・・・ひとりになるのは、いやだよう・・・」
兄が泣き出しそうな声で懇願する妹をどう諭したものか悩んでいると、裏通りの奥から何者かが近づいてきて、口を開いた。
「坊や達、良かったらおじさんと一緒にクリスマスを祝わないかい?」
わずかな月明かりと表通りから差し込む明かりに照らし出された顔は小太りな男性のようで、鼻から下は薄汚れた髭に覆われ、頭には油染みの付いたニット帽をかぶっている。

親から「知らない人と話しちゃいけない」と教育されてきた兄妹は薄汚れた男を無視して新聞紙に顔をうずめようと努力した。
男は出来る限りの猫なで声で再び提案する。
「聖なる夜には奇跡がおきる・・・騙されたと思って一緒に来てごらん?良い事があるかもしれないよ」
妹は男の髭面をじっと見て、ふと思ったことを口にする。
「・・・もしかしておじさんはサンタさんなの?」
男は片眉を上げて微笑みながらあいまいに答える。
「どうだろうね?」
妹の発言はあくまで希望的観測によるものであったが、兄もまたそれを否定したくないという気持ちに抗えず、提案に乗ってみる事にした。
「じゃあちょっとだけいっしょにいくよ。でもなにもいいことがなかったらすぐにかえってくるからね」
兄妹は男の後に続いて表通りに出た。
ふと立ち止まる男。
「聖なる夜には奇跡がおきる・・・」
男がしゃがみこんで地面に落ちている何かを拾い上げたようだ。

「ごらん、さっそく小さな軌跡がおきちゃったみたいだよ」
男が1枚の千円札を兄妹に見せた。
兄は一瞬喜びそうになったがすぐに真面目な顔で男に言う。
「ひろったおかねはけいさつにとどけないとだめだよ」
兄はついさっきまで何か盗んででも妹に食べさせたいと思っていたが、それは妹の目の前で盗みを働くわけではなく、あくまで妹にはもらった食べ物だと言って食べさせるつもりだった。
しかし、今この拾ったお金をネコババしたら妹の教育に悪いと思ったのだ。
一瞬、気まずい空気が流れる中、男が笑顔で答える。
「はははっそのとーり!偉いねぇ、偉い。うんうん・・・」
感心したように頷いてから続ける。
「だけどね?物事には例外というのがあるんだ。いいかい坊や?
例えばね?
十万円を拾った人が警察に届けたとする。
拾って届けた人と警察が然るべく手続きをして
届け出が終了し、それから3か月の間に
その十万円を落とした人が現れた時、届けた人は拾ったお金の5%から20%の範囲、つまり5000円から2万円をもらえる権利があるのは知っているかい?
そしてもし3か月経っても落とし主が現れなかった時は届けた人は拾ったお金、つまり十万円をもらう権利を得る。
十万円なんでお金は落とした人にもかなり大きいし、拾った人にもちょっと大きいよね?
警察もそんなやりとりのために届け出の手続きをして、3か月間もきちんと管理して、受け渡しの手続きをした甲斐があるってもんだよね?
もちろん警察にとってそれは国民の払った税金をもらってやっている大事なお仕事のうちだし、当然のことなんだけど、
拾ったお金が1円玉だったとしたらどうだろう?
もちろん、法律上では1円でも届け出なければ遺失物横領罪になってしまうかもしれないよ?
そう、あくまで法律ではね。
でも、落とした人も1円玉を落としたことに気づいていないかもしれないし、
たとえ気づいていても、たった1円玉のために貴重な時間を使ってわざわざ警察に紛失届を出しに行く人がいると思うかい?
「時は金なり」って言ってね、
警察官だって、たった1円玉のために貴重な時間を使って手続きをして、3か月間もきちんと管理して、受け渡しの手続きをするのは馬鹿馬鹿しいと思うよね。
しかも、警察が預かったお金、紛失物は預かった交番で管理するわけじゃないんだ。
すごく遠い所に運ばれて3か月の間、大切に保管されるんだよ。
そして、3か月が過ぎても、拾って届けた人には何も連絡は来ない。
そこまで警察の手を煩わせるわけにはいかないからね。
つまり届けた人は3か月の間、そのことをきちんと覚えていて、3か月過ぎてから2か月の間に受け取りに行かなければならない。
2か月を過ぎると管理されていたお金、紛失物は処分されてしまうからね。
だから届け出した人は期間内にわざわざ遠い場所まで取りに行かなければならないんだけど、そこに行くにはもしかすると電車賃、あるいはタクシー代といった交通費がかかる可能性が有る。
すると、何千円もの交通費と時間をかけて1円玉を受け取るなんておかしいことになる。
じゃあ受け取りにいかなかったらどうなる?
そのお金は落とした人の元には帰らないし、拾った人の物にもならず、国がもらうことになる。
さて、ではこの千円札はどうだろう?
まず、落とした人が気付いた可能性は低いと思うね。
そしてもし気づいたとしても千円札を落としましたと警察に紛失届を出しに行く可能性も限りなく低い。
何故だかわかるかい?」
「・・・えっと・・・よくわかんないや」
「それはね、財布や鞄のような物なら警察に相談するけど、普通の人は千円札を拾った人が警察に届ける可能性は限りなく低く、警察に相談してもてまず戻ってこないと分かっているからなんだよ。
つまり、もしこのお金を交番に届けたとしても、結果は目に見えている。
今、この瞬間、善良な国民であるキミ達、その他の似たような境遇の者達に、こんな風にみじめな生活を送らせている国が盗っていってしまうんだよ?
それでもいいのかい?」
男はしゃがみこみ、返事に困っている兄の隣で空腹と寒さに震えている妹の手を取り、千円札を握らせて言う。
「聖なる夜には奇跡がおきる・・・
これは、君達が受け取るために落ちていたお金だよ。
例外とはそういうことさ」
妹はどうしていいかわからず兄の顔を見る。
「おにいちゃん、これでたべれるの?」
「うん。おいしいものかいにいこう」
「じゃあ、あそこに行こう」
男は『コミット』という看板のスーパーを指さし言った。
兄妹にとって聖夜の街の雰囲気はあまり心地良い物ではなかったが、今から向かう建物が放つ灯りは自分たちを歓迎してくれているように見えて少し安心感を得られた。
クリスマス関連の曲が流れる店内を歩く3人は周囲の人達から見ても家族のようには見えなかったとはいえ、さすがに不審者扱いで声をかけられたりするほどではなかった。
食品コーナーを物色している男がふと笑顔になる。
「聖なる夜には奇跡がおきる・・・これを見てごらん?まだこんな時間なのにクリスマスのオードブル・セットに半額シールが貼られているよ」
円形のお盆にいろいろな物が乗ったセットが定価2,000円の半額で1,000円になっている。
「これかう!」
兄が手に取ろうとするが男はそれを止めチッチッチッと指を振る。
「今夜はおじさんと一緒にクリスマスを祝ってくれるんだろう?だからこれはおじさんが買ってあげるよ。こう見えてもおじさんは結構お金持ちなんだ。そのお金は大切にとっておきなさい」
「ありがとう!」
兄にうながされて妹もお礼を言う。
男は買い物籠にいくつか商品を追加してからレジに向かう。
「じゃあ2人共、先にラウンジに行って席をとっておいてくれるかい?
このスーパーのラウンジはお水やお茶のサーバーが設置されているから、それでも飲んで待っていると良いよ」
「うん!」
兄妹は急いでラウンジに向かった。
空腹で水でもいいからすぐに飲みたかったのだ。
ラウンジでオードブル・セットを楽しむ3人。
「おじさんはたべないの?」
兄が聴くと、男はさっき買った缶ビールとおつまみの柿ピーを取り出してテーブルに置く。
「おじさんはこれがあれば充分だからそれは全部二人でお食べ」
「おじさん・・・」
「ん?なんだい?」
「ここ、おさけのんじゃいけないんだよ?まえにパパがおみせのひとにちゅういされたことがあるんだ」
「・・・え、そうなのかい?」
男はきょろきょろと周りを見回し、誰も酒を飲んでいないことに気づき、さらにラウンジ使用のルールが書いてある張り紙を見つけ、目を通してみるとしっかり「アルコール類はご遠慮ください」と書かれていた。
「じゃあ、お茶とおつまみでいいや・・・」
しょんぼりしながら食べる男を見て、兄は親近感がわいて楽しい気分になって来る。
「ねえおにいちゃん、『せいなるよるにはきせきがおきる』ってほんとうだね」
ラウンジに置いてある電子レンジで程よく温まったフライドポテトを食べながら妹が言った。
「・・・」
兄は、本当に奇跡がおきるなら再び両親と会いたいと言いそうになったが、せっかくそのことを忘れている妹にそれを思い出させないよう飲み込んだ。
兄の方が暗い顔をしているのに気づいたのか、男はあわてて紙コップにシャンメリーを注いで2人に渡す。
「あーそうだそうだ乾杯を忘れてた!ソーダ水で乾杯しないとね!ほら、聖なる夜の奇跡に乾杯!」
それから数分後、兄妹はなんだか無性に眠たくなってきた。
「おやおや、そろそろ子供は寝る時間かな?じゃあ今夜のパーティはこのへんでお開きにしよう」
男に頭を撫でられながら兄妹は返事をすることもなく眠りについてしまった。
「よし、いい子達だ。寝る子は育つっていうからね」
男は腕時計を確認してから残りの食べ物を全てゴミ箱に放り込む込み、すぐに店を出られるように準備した。
しばらくすると瘦せぎすの男が1人ラウンジに現れる。
「え~っと、子供達の面倒みてくれてありがとうございます・・・えっと、2人共もう寝ちゃってるみたいですね」
瘦せ男のへたな演技に男はイライラしつつ、眠っている兄妹にそっと声をかける。
「ほら、パパが迎えに来たからお家に帰ろ?・・・しょうがないな~車まで抱っこしてこう」
男と瘦せ男はそれぞれ子供を抱え上げ、あくまで家族関係を装いながらすみやかに店を出て行った。
2人は店の駐車場に留めてあるミニバンの後部座席に眠っている兄妹を押し込み、すぐに発進する。
「いたいけなガキ2人、高く売れそうだなおい。次の入れ回収って最短でいつだっけ?」
助手席で煙草に火をつけながら尋ねた男に、運転しながら答える瘦せ男。
「あーえっと、最短だったら今日のてっぺんっしたけど今からさすがに連絡入れても無理っすから次は晦日っすね」
「んだよ!一週間近くこいつらの面倒みねえといけねえのか・・・」
「ま~あれっすね。やっぱ年末で向こうも立て込んでんじゃないすかね」
車は人気の少ない通りにある建物に到着し、2人はまだ眠っている兄妹を抱えて事務所とおぼしき部屋に入っていった。
薄暗い灯りの一室。
男はソファに深々と座り缶ビールをぐびっとひと口飲んでから笑いだす。
「ハハッ!なにが『聖なる夜には奇跡がおきる』だよ!ちゃんちゃらおかしいぜぇ~っへっへっへっ!まあ、千円拾ったふりしただけで騙されてくれたんだから奇跡と言えなくもないかぁ~っはっはっはっ・・・傑作だろ?」
後ろにいる誘拐犯仲間の瘦せ男が笑っていないのも気にせずに続ける男。
「あー、あとあれか?」
ポケットから未使用の半額シールを取り出して目の前のテーブルに置く。
「タイミングよくスーパーの半額にありつけるだけの奇跡ってなんだよっほっほっほっクッソちっぽけな奇跡だなおい~っひっひっひっ・・・」
「そりゃそうだろうよ」
今度は背後からレスポンスがあったが、それはなぜか仲間の声ではなかった。
「本当の奇跡はこれからおきるんだからな」
聞き覚えの無い声に恐る恐るふり向いた男が見たものは、
(続く)
【あとがき】
元々はちょうど去年のクリスマス・イブ(2024年12月24日)にふと思いついた漫画のネタで、クリスマスを過ぎてからアップしても遅いので形にしないまま放置していました。
なんだかんだで1年経ってしまいそうになり慌てて内容を思い出しながら書いたわけですが、なぜ漫画じゃなく小説にしたのかについては「まあ、察してください」といったところです。
続きは、後日アップする予定です。
さて、ここで4択予想!
聞き覚えの無い声に恐る恐るふり向いた男が見たものは?
1.サンタクロース
2.赤いヒーロー
3.鬱フラグ・ブレイカー(クラッシャー)
4.ただのイケメソ
追記
エピローグを
アップしました。
↓