私は色々あって、宮城県石巻市の高台に建てられた自衛隊の仮説テントシャワーの中で、シャワーの使い方を説明したり掃除をしたり、バタバタとあたふたしていた。
そこで出会ったおばちゃんの話。
シャワーを使いに来る人はそんなに多くなかった。
だから一人一人と話す機会があった。
来る人来る人が私に自分の凄まじい体験談などを聞かせてくれた。
1つの地震がいくつもの悲しいドラマを生み出してしまったんだと、改めて思い知らされた。
どう聞いたらいいのかわからなかったから、ただ一生懸命話を聞いた。街の皆が、それぞれの悲しい体験談を自分の中に押さえ込んでがんばっていた。皆同じ状況だから自分が大変だということを話せる相手なんていなかったんじゃないだろうか。
皆すごい勢いで語ってきた。部外者の私がここにいることに少しは意味があるのかなと思ったから、とにかく一生懸命聞いた。
いろんな状況の人に会ったけど、
そのおばちゃんは、他の人より少しオーラが強めだった気がする。
「アンタ、こんなとこで働いて大変だね。」
「いやいや、私は何も大変ではありません。」
会話の最中、私は常におばちゃんの勢いに圧倒されていた。
おばちゃんは高台の避難所の近くに住んでいたため、
津波の心配はなかったとのこと。
とは言っても大きな地震で家はぐちゃぐちゃになってしまったらしい。
地震の後すぐに、おばちゃんは避難所に逃げる準備を始めた。
まずはエプロンのウエストの紐をきつく縛り、パニックに陥った飼い猫を捕まえて、
洋服の襟元から猫を服の中に入れて一緒に逃げる準備。
それから右手にはほうき、左手にちりとりを持ってすぐに避難所へ。
予想通りおばちゃんは一番に避難所に到着した。
少ししてから、街の人がぞくぞくと避難所にやってきた。
街の人は避難所に着いて、おばちゃんがほうきとちりとりを持っているのを見て、地震で頭がおかしくなってしまったんじゃないかと思ったとのこと。
「おい、なんでこんな大変な時に掃除なんかしてるんだ!」
でも、そう言われたころには
おばちゃんの掃除はほとんど終わっていたらしい。
おばちゃんは得意気に私に言った。
「掃除したのは正解だったんだよ。他の避難所は絆創膏を貼っている人沢山いるけど、うちはいないもんね」
おばちゃんの避難所は割れたガラスの破片で怪我する人が一人もいなかったらしい。
大地震の後すぐ、皆がパニックになって避難して来ることを予想して、ほうきとちりとりを持って家を飛び出し、到着するとすぐにガラスの破片を片付けた。結果誰も余計な怪我をしなくて済んだ。
「まだまだ気が抜けない状況だから、私があの避難所の皆を守らなきゃね。
アンタもこんなとこで働いてないで、また何かあったらすぐに逃げるんだよ!自分のこと一番に考えなさい!」
と言っておばちゃんは避難所に帰っていった。
緊急事態に人のために何かしようと思える優しさと頭の回転の早さ。深く尊敬。
人の心配してる人って強いんだと思う。余裕があるから人の心配するんじゃなくて、人の心配してるから強くなるんじゃないかと思った。自分の心配ばっかりしていると弱くなっていくもんね。メンタルやられる。
関係ないけど、おとといの長野の地震がきっかけで思い出したから書き留めた。
大好きな村に地震がきてしまった。
皆無事っていうからたいしたこと無いのかと思ったけど、大変なんだね。
早く長野が元気になりますように。明日雨が降りませんように!
あー地震なんか無ければいいのに。悲しい。


