まぁ、確かにテロどうのこうのって叫ばれてる昨今。
危険物持ち込みの是非を問う議論が発生するのは仕方ないとは思う。
新幹線の脆弱性が浮き彫りになった。
というのはいささか暴力的な議論ではなかろうかと思う。
現に人が1人巻き込まれて死んでいるのだから当然今後の車内設計であったり、運営体制そのものに対して教訓として反映すべきものがあるのはわかる。
私も最初『新幹線で火災』というキーワードに、「起きてはならぬ事故が起きたのか」という感想を持った。
『男性が油を被った』ですら、新幹線の車両構造も分からないけど「油圧系の故障?」という疑念を持った。
そして、『安全神話は崩れ去ったか』という、日本人の誇りを一つ失ったような喪失感に囚われた。
が、詳報が入ってきて、『焼身自殺』という言葉を聞き、人が1人亡くなってる中あんまりだと思うが『安堵した』部分がある。
もちろん、不謹慎な気持ちである。
なぜ私が『油を被った』の時点で故障や事故を疑ったか。
そこに答えはあると思う。
我々は善意を担保に行動しているのではなかろうか。
小さい頃「人様に迷惑をかけて!」って怒られたことはないだろうか
犯人という言い方が正しいかは別にして男性がしたことは『自殺』ではあるが、『放火』だと思う。
それこそ『人様に迷惑かける行為』ではないだろうか。
そうやって育った国民性であるからこそ『善意』を担保に何事も設計されている。
昨年某アイドルがイベント中に襲われた事件でも感じたことだが『被害者』である運営を叩くマスコミに対して違和感しか感じられなかった。
今回も同じである。
死者が出たことは重く受け止めるべきだが時速300キロを超える速度で走る乗り物が放火されても安全に停止し、間接被害を出さなかったことに対して賞賛すべきではないか?
お隣二カ国で起きた沈没事故とはえらい違いだ。
そして、今後の課題は危険物持ち込みなどの対応か…。
それは国民が議論する問題だと思う。
なせなら“公共”交通機関なんだから。
少なくとも公共電波で間違った議論を垂れ流すマスコミが叩いていいことではない。
