アルゼンチン ノーハードレイン、ノーフルレインボーの巻
おかげさまでビールっ腹に近づいておりますが、
なんと、地域の協賛イベントでハーフマラソンを走ることになり、
ちょっと朝早く起きてランニングでもしてみようかなと思い始めた、新社会人ほやほやライフを過ごしております。
どうも、こんにちわ(^-^)
って、むっちゃ不自然なはじめかたですが、いきましょう!
T-DES(^-^)
というわけで、いろいろな思いを巡らせて寝ては起きてを繰り返して、
眠り眼をこすりながら、
着いたのは、プエルトイグアスという、
ナイアガラの滝に続く世界三大瀑布の一つ、
イグアスの滝にもっとも近い街までやってきました。
天気はあいにくの雨。
着いたのは、夕方。
いつもどうりホテルを探しにフラフラしていると、駆け寄ってくるいつもと変わらぬキャッチの兄ちゃん。
雨にもかかわらず、そして、初めてのこの街に着いてそうそうなんだか不思議と居心地の良さを感じたのは、
ようやくちゃんとゆっくりできる、それが天気までも味方してくれていると思ったからか。
はたまた、どの安宿にもプールがついているというリゾート地、観光客の多さになんだかいい意味でも悪い意味でも気がぬけてリラックスできたからなのかもしれない。
久しぶりにキャッチと交渉して宿を決めるのよりも、自分で探そうという気にもなったので、雨の中ぬれ続けててフラフラさまよった。
あいにく観光シーズンまっただ中というのと、にも関わらず連日連夜におよび豪雨だったことから、居座る旅人も多いらしく、どこの一杯だった。
仕方なく、初めに声をかけてきて親切にも別の宿の道まで教えてくれた格好こそみすぼらしいちょっと中年の兄ちゃんに、今度はこちらから声をかけてみた。
仕事がなかなか見つからずに困ったのか暇したのか、地面に絵を書いているような格好から上目づかいをしたところに思わず笑ってしまったのを覚えている。
聞いてみると、前に旅人から聞いていた地球の歩き方にものっている宿だったので、悩むこともなく決めた。
キャッチの兄ちゃんとは打って変わって、気品の良い英語の話せる女性がフロントにいたので、
もしや高いのではと一瞬思ったが、そんなこともなく、リッチな気分になれる良い宿だった。
それから翌日の行動を模索し、アルゼンチンでは安いステーキを一気に口の中に放り込んだら、
久しぶりの豪華ながっつりの食事に胃がびっくりしたのか、しばらく寝ることができずに夜は苦しんだ。w
翌朝。
雲一つない、澄み切った空に、気持ちはつのり予想よりも少し早いバスに乗って、イグアスの滝へと向かった。
着いて驚いたのは、まるでテーマパークのように地図があり、テーマパークであるようなまさに観光客の乗り物ちっくな開放的な電車のようなものまで運行していたことだ。
見渡すとそこには、ハナグマや日本では見ないような鳥、そしてやたら蝶が飛んでいた。
電車に乗ると、行きつく先は、渡し橋。
地球の裏とは言え、日本が冬とは想像もできないくらいの夏。
それが、滝にちかづくにつれ、橋が揺れ始める。
連日連夜に続いた大雨で、橋が流されるんちゃうかと言わんばかりの水の量。
耳を澄まさずとも、うなるような水のとどろき。
遠くから水しぶきまで見えて、いよいよ、いよいよ、この場所へとたどり着いた。
ごごごごごごごごごごごおごごごごっごおごごごごごごごごごごごごごおごっごごごごごごごおごごgggg
fhそうrgほにfhごいhjふぉbじょうぃfっぼいjをふぃhぼいfb
どんな風に思ったかなんて覚えていない。強烈すぎる水音に、雄大な景色。
「悪魔ののどぶえ」
乾ききった悪魔が水を一気に飲み干す。
そんな表現ぴったしだった。
水しぶきで服は濡れ、歩いたら乾く。
多くの虹。
こんなにも一か所に何個も虹がある光景も見たことなかった。
小さな虹から大きな虹まで、至るとこ虹だらけ。
滝の真下でカメラ死亡覚悟で乗り込み、
車に乗ってジャングルを進み、
高速ボートに乗って、今度は
滝壺へ。w
ぶっとんだ!
kdgほpしgぺおjkpbごいjsdpdふぃgへぽfjbpsdjfbgpsぢj0pdjpfこbjdp
もう、理解不能。
なにが起きたかわからんくらいの水に周り真っ暗。
そんな中でもちゃっかりしてる虹。w
乗ってた乗客全員が狂ってた。
どんな遊園地も自然のアトラクションには勝てへん。
もう絶対これ以上わくわくすることはないと思う。
そこまで言い切れるくらいおすすめします。
是非いってみてください。読んでいるかわからない絶叫マシン好きのあなた。w
入って強調しすぎやろって思った国旗が、
なるほどな。
と思えたことも、おもろーだったな!!
そして、これまたおもろーな出会いもありました。
その人との合言葉!!
ノーハードレイン、ノーフルレインボー!!!!!!!!!!!!(^-^)
PC画面右のブックマークにその出会いにおける、それらしきブログがありますので覗いてみてください。
つらいことがあっても、その分、良いことがある!!!!!!!!!
頑張れ日本。できることを一人一人がする、これが大切なんだなぁ。たかを
の巻wwww
アルゼンチン 思考の一人歩き@バスの中の巻
むーちゃご無沙汰しております。
実は、配属がまさかの北海道になりまして、引っ越しであたふた、学生最後のぶっとんだスケジュールで遊んで遊んでそれどころではなかったわけであります。w
そして、なかなかネット環境が整わず、今に至るという、、、
それでも、完結するまではこのブログは終りません!!
それだけは断言します!!(^-^)
それでは、旅のお話の続きをはじめましょうか。
というわけで、24時間バスをまたもや乗りこなし、次なる目的地プエルト・イグアスに到着した。
って、どういうわけだ!!w
思わず乗り突っ込みしてしまうくらい間がありましたね。w
でも、ついに着いたんです。エジプトを断念して来たこの場所に!!!
その前に、、、
24時間バスの中では、なんとなーくボリビアでのことを思い出していました。
おっと、3歩進んで、2歩下がったー!!w
はい。ひとり暮らしのおかしなテンションやめます。自粛。
話戻して、うん。なんとなくー思い出してた。
24時間も移動があると、フラッシュバックして、あった出来事が鮮明に思い出される瞬間ってあるねんな。
相変わらず意味わからんスペイン語のアクションムービーをぼんやーり眺めながら、隣で気持ち良く寝ているおっさんの顔が、その映画にでてくる悪役に似てるなぁとか思いながら、
思考は一人歩きして、
あまりのスピードで移動してるもんだから、体と脳のバランスがうまくとれないというかなんというか。
そしたら、ふっとさ、ボリビアでの出来事がよみがえっってん。
飯食ってバスの時間までフラっとしてたら、ボリビア物価安いし、ちょーど荷物が増えてきてたし新しくカバン買おうと思いついたとき。
露店を眺めながら、どんなカバンええんやろなー、
ほかにも面白いものないかなぁーって探してて、無駄に現地の人と学びたてのスペイン語で話したいがために、買う気もないものをいじって、これいくら?とかって交渉してみたり、
ほんま、ただのからかうくらいの気持ちでおったわけ。
バスまでの時間まで時間があったから、そんな風に無駄に時間をかけつつ、のんびりーとしてた。
そんで、どれも自分のセンスとは違ったんやけど、なんとなーくこれって選んだ一番派手なカバンを手に取って、これいくら?と聞いてみた。
すると、相場の4倍くらいでふかっけてきたー!
こっちは市場調査済みやというのに。
でも、なんとなくそのほうがしっくりきたというのも、おかしな話で、交渉するのが少し楽しくなってたから、正直カバンはもうどうでもよかったからかな。w
そこで、いつものお気に入りのフレーズ。
「隣の店はもうちょっと安かった」
「こっちのカバンは向こうの店で○○ボリビアーノやったし、こっちもそうやろ?やからこっちのカバンにしよかな」
「うわ。おかね○○ボリビアーノしかない」
とかって聞こえるようにそれでも、さぞ一人ごとのようにぼやくと、案外下げてくれるって過去が教えてくれてたわけ。
結局いつもどうりあれやこれや言うて、まるでピエロのように親しみを込めて値切りに成功して買ったわけ。
という一連の流れを思い出したわけであります。
このなんでもないことを回想してみて、気づいたのは、
旅にでてから「金がない」って言い続けてたこと。
なんとなく貧乏旅行がしてみたかった、そっちの方がいかにも旅って感じがしてたのと、
一度おもっきり贅沢をしてしまうと枷がはずれて、一気にお金の魔力にやられると思ったのと、
加えて、なんとなーくその人の親切を心のどこかで信じてたというところ。
実際は、お金に困ってなんかいなかったし、ボリビアの人の生活を見てると、
「お金がない」なんか声高に言える立場にない。
まして、相手の親切心を心のどこかで思うなんか、一言で卑しく感じてしまったわけであります。
確かに、現地では少し高額であっても、日本と比べるとはるかに安くて、
贅沢者な日本人とうつるであろうボリビアの人たちからすると、
少しくらい盛ってやれくらいの、卑しい気持ちを相手も持っていたのは間違いない。
けど、それでも自分もそうやなっと思うと、
あいつらぼったくってくるなって思う気持ちもなくなってきて、
はじめの頃は、お金を少しぼったくられたからってショックを受けてた自分が小さく感じたり。
結局行きつく先は、見えずじまいなんやけど、一つ一つの交渉がたとえどんだけ時間がかかろうと、全然苦にならなくなったのは、思い返せばこのときからやなぁって。
価値観が広がったって一言で言うと簡単やけど、それをなかなか説明するのって難しい。
それを、なんとなくでも、ある程度言葉にできたのは、単純にうれしいな(^-^)
おっと、長くなってしまった。
ということで、イグアスの話はまた明日にでも、、、の巻
アルゼンチン フォルクローレはサルタの巻
いやぁ、日本に帰宅して卒業式まであっというまで、まったく休む間がないこの生活。
一言で言うと悪くない!!w
ただ、このブログ!遅れまくり。w
はたしてちゃんと終わることができるのか。
もちろん!終わらします!!(自己完結)
だから、引き続きよろしくお願いいたします(^-^)
それでは、T-DES(^-^)
ボリビアのビジャソンからアルゼンチンのラキアカへと国境越えして、
本来ならば、ラキアカからイグアスまで向かおうと思ったが、
時間的にゆっくりできると判断して、途中サルタという街を訪れました。
このサルタという街。
アルゼンチンタンゴではなく、アルゼンチンフォルクローレの聖地なんです。
、、、、!?フォルクローレ?
とまぁ、実際、よく知らなかったのです。w
知ってたのは、音楽ということのみ。
途中知り会ったエクアドル人に話を聞かなかったら確実にスルーしてました。
思い返してみるとこの旅で、音楽にまじめに触れる機会は、本当に少なかった。
だから、ここでのんびりと音楽のみ浸って酒を飲めたというのは、今思い返すとおしゃれなことしたなと思うわけであります。w
フォルクローレ (folclore) は、英語 のfolkloreがスペイン語 化したもので、言葉本来の意味としては、音楽のみならず民俗学 、民俗的な伝承一般を指すが、日本では、ラテンアメリカ 諸国の民族音楽 、あるいは民族音楽に基礎をおいた大衆音楽 を特に指して、このように呼ぶ。民俗学一般を指す言葉としては、綴りは同じだが英語読みのフォークロア が使われる。
ラテンアメリカ各地に、それぞれ独自性に富んだフォルクローレ音楽が存在するが、共通して言えることは、先住民 系とスペイン 系の音楽的特徴が混合され、地域によってはそこに更に黒人 の音楽的特徴も加味されていることである。中でも人気が高いのは、アンデス山脈 周辺の国々の音楽、アルゼンチン のパンパ (草原地帯)の音楽、そしてパラグアイ の音楽であろう。
アルゼンチン は、白人 が人口の大半を占めるため、地域によって多少の差はあるが、アルゼンチンのフォルクローレは基本的にスペイン系の特徴が強い6/8拍子の音楽である。ガウチョ の音楽とリズムが基礎になっている。日本に紹介されたのは1960年代 で、アンデスのフォルクローレより古い。
最も重要な楽器は弦楽器のギター と打楽器のボンボ であり、これに歌が加わるだけでも演奏は成立するが、旋律楽器としてバイオリン ・マンドリン ・アコーディオン ・ピアノ などの楽器が加わる場合も多い。アンデスのフォルクローレと比べると、明らかに歌のある曲が多く器楽曲は少ない。また、これはアンデスのフォルクローレにも共通して言えることだが、踊りの伴奏のための曲が大きな比率を占める。踊りは、通常男女のペアを基本とする単位で踊られ、馬の足音を模した「サパテオ」と呼ばれる足裁きが取り入れられることが多い。特に「マランボ」はこの足裁きだけを取り出した、アルゼンチン版のタップダンス とも言うべき踊りである。(この踊りは、男性のみで踊られることが多い)
ウィキペディアより
長い!w
読むの疲れた人に、簡単に説明すると、
足でリズムをとって歌や音楽に合わせて男女ペアで円を描くように踊るんです。
それを周りで見てる人が手拍子で合わせて、
いきなりぐーっと盛り上がるのではなく、音楽で体の中を揺らしながら徐々に高揚していくって感じ。
だから、聞き始めはみんな酒をのんびり飲みながら音に浸ってて、徐々に気分良くなって、周りの人を踊りに誘ってハイになっていくわけ。
若者の音楽というよりは、大人、それもずーっと大人な人たちが、楽しむところでした。
そんなところ、丸一日かけたバスの移動の疲れた体におもっきり冷たいビールを入れて、
のんびーり鑑賞していたら、周りから踊ろうって声かけてもらえたり、
手拍子とりながら、体近づけてきて、
なに言ってるかわからないスペイン語をひたすら話して勝手に気分良くなっていくおっちゃんみてたら、
癒されました(^-^)
それに、やっぱ音楽で分かり合えるまではいかなくても、コミュニケーションとれるんだなって。
単純に好きやった。この場所。
夜遅くに久々に出歩いて、クラブとは違った音楽の楽しみかたを知らなかったから余計に新鮮でそう想えたのかもしれない。
おかげで、帰ったのは朝の3時やったけど、チェックアウトぎりぎりまでゆっくり寝て、イグアスに向かう24時間バスにそなえれたように思える。
朝起きると、同じような外国人のバックパッカーと今までの旅についてタラタラお互いの話をして、世界はまだまだ広いっていう一般的な当たり前の会話に花を咲かしたのを覚えている。
外に出ると、夜とは全然違って、華やかなサンフランシスコ教会、かわいいブティックの店も並んでいるのがわかった。
そして、なによりも雨季の南米にいるとは思えない快晴に、夜の目に慣れた自分の目がクラついた。
こんなにものんびりと音楽に酔いしれたのは、人生初だったとしみじみとしたの巻。
ボリビアからアルゼンチンへ 悪路震度6の道の巻
引き続き読んでくださってる凄腕ネットサーファーの皆さん。
いつも本当にありがとうございます。(^-^)
というわけで、「大自然」という言葉を言われて、山とか海とか、川とかってイメージを持っていたので、
空を体験できたウユニ塩湖は、それほど強烈なインパクトのある土地だったが、
いっこうに時間的余裕がないため1泊しかできず、次なる目的地アルゼンチンへと向かった。
ウユニからビジャソンというボリビアの外れの街まで、バスで数時間。
連日連夜にわたる車移動に飽き飽きしていたものの、電車でも行けるこの道をバスで行くことに!
というのは、バスのほうが少し時間が早いということと、
なんとなく。
そう。
なんんとなく。w
強いて理由をつけるならば、それなら理由などないで、いいように思えるが、
何年後かに、こう感じていたなと思い出すためにも、
やっぱり書いておこう。w
今回の旅は、長距離移動のほとんどが飛行機で、南米のこの広い大地の大きさを、
そして地球の距離感を得るならば、バスって感じがしてた。
そんな感じ。
それに、ヨーロッパの移動ならまだしも、ここ南米で移動手段が、
バスと電車とあったら、
なんとなーく、バスを選びたくなりませんか?w
それほどまで、自分の中でそもそも、南米の移動は、バスというイメージがあって、
なんとなく、バスを選んでしまったわけだが、
乗って5分で後悔した。
このバス。
震度6。
本当にお尻が浮くんです。1分に1回は。
どどどどどどどどどどどどどどどど、ががが(浮く)、どどどどどどどどどどどどど、がががが(浮く)、が(浮く)。
ってね。
今までの移動はなんて楽だったんだ。そう感じられずにはいられなかったと同時に、
はぁ。下痢じゃなくてよかった。
って思うと笑ってたよね。一人で。
でも、疲れの蓄積からか、
どどどどどどどっどおどっどどどおっどおっどどどどど、がががが、どどどどどどど。
ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ、むく(起きる)、ZZZZzZZZZZ。
って感じで寝れた。いやぁこれぞ環境適応能力。
そして、夜にでてついたのは、次の日のお昼。
ビジャソンからアルゼンチン国境ラキアカに到着。
バスおり場から、国境までは電車のほうが近いので、やっぱりおすすめするのは電車です。w
ちなみに、南米のバスは基本的に、次は何々駅ーなんてアナウンスなんかないから、
バスに乗る際は、同じ場所で降りる人を見つけとくってのが手法やったなぁ。
ここでは、アメリカ人とエクアドル人とご一緒してて、この人らは歩くお家でした。w
というわけで、無事に着いて国境で記念写真撮ってた人たち、カメラ没収されてて急いでカメラを隠したのでしたの巻
P.S
安易に地震という言葉を使うのは今お門違いな気もしますしたが、
日本を含めて世界中が日本の復興を願い、状況を心配し、できることを小さいことながらも行っていることに感動し、
深刻な問題であり、阪神淡路大震災で友人の親戚をなくしている俺でも、オバマ大統領同様楽観的に、「日本ならできる」と疑わずにいます。
それでも心配なことには変わりなく、自分にできることはやろうと思います。
PRAY FOR JAPAN
世界中で日本の無事を祈ってることも、もちろん。
本当に日本は大好きな母国です。
それは日本を旅してずっと思っていたことだし、日本人の思いやりの精神を、引き継いでいかなければとも思います。
一度、上のWEBサイトにアクセスしてみてください。(^-^)
ボリビア 世界絶景白い空の巻
思い返すと、ちょうど1か月前。
まだかまだかと想いをはせ、ここ南米のメインだと言っても過言でない、それくらい壮大で美しいウユニ塩湖に着いた。
スペインでの盗難事件や、
周りからブログブログと言われることにうんざりしたのか、
はたまた、自分自身書きたいと思ったときに、ちゃんと事細かに書いてみたいと思ったからか、
なんせ、ここでのことを書けずにいたのは、少し自分だけのモノにしておきたいと思ったからかもしれない。
本当に不思議な空間で自分の目を疑った。
アンデス山脈を一緒に抜けて、ここまで一緒に来た友人とは車内や毎夜、
トランプやこれから社会人となるにあたっての心構えから、
日本の現状、
そして、これから訪れようと思っている国国に対してのちょっとした出来事から歴史に関して尽きることなく話込んだが、
前日の夜だけは、静かに、ただ心だけはうるさく高鳴るように、待ちかねた場所に思いをはせながら眠りについたのを覚えている。
朝起きると、
天気は晴れ。日本では味わうことのできない高地ならではの澄み切った空が広がっていた。
横を見るとすでに、さえちゃんは目を覚まして、これまでのここまでの道のりでは見せたことのない顔をしていた。
メイクばっちりだ。w
風が吹くと色の変わる、青と赤のラグーナベルデ、ラグーナコロラダと2つの夢の場所を越えて、
夢の最終目的につくのだと7回くらい毎日聞かされていたのだ。
これが女の子の気合の入れ方か、、と思ったのを覚えている。
ウユニ塩湖。
今、ユニクロのCMで脚光を浴び、旅人達が、雨季のこの時期にしか見られない鏡ばりのこの湖に焦点をあてて旅を続けるというこの場所。
ついにきた。
見渡す限りの真っ白な塩の大地にうすーく水が張り、
鏡のように、そして果てしなく広がる空を水面に映し出したこの景色。
ここのど真ん中に車をとめて、立ってみた。
隣りでは泣いていた。つられて少し涙がでた。
景色を見て、美しさに泣けることなんか人生めったにないなと思った。
そこからは、ただひたすら飛んだ。空を飛びたいと小さいころから強く思ってた。
ここでは、そんな気持ちになれる。
足がぐちゃぐちゃになろうと、塩が飛び散って服が白くなろうと、
飛行体験を味わった。
こういうときのカメラの連写はおもしろい。
飛び散った塩が口に入るとやっぱりしょっぱい。でも、それさえも心地よかった。
おにぎり持っていけばよかったとも思った。
この場所でプロポーズされたら、なんてロマンチックなことを言ってた。
確かに!!
それ以上に言葉はでてこない。
ここなら遭難してもいい!!
確かに!!
思わず笑ってしまう。
そんな平和な時間だった。
こーじさん、りささんのロンドンで買ったという日本国旗。
今は、
塩でできた塩のホテルの、
この場所に、
そこにいた日本人の寄せ書きが加わって、突き刺さっています。
後々途中で出会った旅人のみなさんに、でかでかと名前かきすぎやろ、ははー、ぶっころすっぞー、ははーWW
みたいにメールくださったあなたたち。
実は、そこにいた日本人だけでは白い部分埋めれなかったんっす。だから、でかでかと俺の名前書いたんす。
今では、それも押しのけて落書きされてると聞いたっす。
なんすか。ww
ってのは、ここだけの話で、でかでかとウユニ塩湖には俺の名前のっちゃってます。
なんか、すいません。
話戻して、
このメンバーで一緒に旅ができて本当に楽しかった。
うー!!!!!!
一番大事なとこサラっとしてもた!!w
けど、それはもうずっと言ってきたことで、本当に感謝しています。(^-^)(^-^)(^-^)
ご飯を食べた後、ドタバタして、ちゃんとお別れはできなかったけど、
日本に帰ってから再会を誓って、この地を去った。
毎日出会いに感謝。
そう想ってやまない旅の次なる目的地は、アルゼンチン、イグアスの滝。
PS
このあと、ポンコツ車ぶっこわれて、なんと夜バスに間に合わせるため人生初ヒッチハイクに成功したのでした。
の巻
標高5000Mアンデス山脈を越えた先にあるものは!の巻
ずいぶんご無沙汰しております(^-^)
やっと復活しました!!!!!!!!!!!!!!!!
あぁ、南米がずいぶん前のことのように思える、、、
ということで、
T-DES(^-^)
チリ北部、サンペドロアタカマから国境をわたり向かう先は、ボリビア!!!!
実はこのルート!!!!
テレビ紹介は当たり前。誰もが口をそろえて良かったというほどの最高なルートなんです。
一点を除いて、、、、、、、w
ボリビア入国の王道のバッパッールートは、
ペルーのプーノからチチカカ湖をこえてボリビアINで、
クスコ→マチュピチュ→クスコ→プーノ→ボリビア、ラパス
3400m→2800m→3400m→3800m→4000m
もしくは、アルゼンチン、パラグアイからの入国と、
と徐々に体を高度順応させて、高山病にならないようなルートなわけです。
といっても、3人に2人がなる高山病。まったく苦しまずに済む人なんかほとんどいないのですが、、、
が!
が!
が!
このサンペドロアタカマからのボリビア抜けはなんと、一夜にして標高5000mのアンデス山脈をぬけるのですw
そりゃ、このルート!!どんだけ素敵でも、抜ける人少ないわけだ。w
ここに挑んだのは、
イースター島で一緒だった、こうじさん、りささんご夫妻、さえちゃんと合流し、フランス人2人の計6人。
ほかの旅行者もちらほらいましたが、日本人は俺らだけ。
何社か回って決めたのは、PAMERA TOURS会社のツアー。
日本人は、高いとしぶって、安いと疑う人種のようですが、最安値での挑戦です。
乗り込むシップはこちら。日本の誇るトヨタ!!
腹ごしらえをすまし、バーモス!!!
ボリビア国境なんてゆるいんだ。一瞬で顔もチェックされずにぬけれたぜ!!
そしたら、そしたら、
うっひょー!!!!!
速攻これかいー!!!!
やばい。やばすぎる!!
壮大な砂漠に壮大な山々。極めつけは、澄み切った湖。
天然温泉だ!!!
いやっほーい!!!(^-^)
てね。おかしいくらいのテンションでアンデス5000mを一瞬にして超えたのです。w
ついに、精神が肉体を上回ったー!!!!!
まさかのクルー、誰一人高山病にかからず。
隣の車の外国人は死にかけ。ww
ってのも。おそらく俺はプーノですでに高山病にかかったからかと。ww
車内では、旅の話がとまらない。夜は大富豪で激戦。あぁ。もう楽しいとしか言いようがない。
ただ、夜は空気が薄いからか、あんまり寝付けなかったのは、ここだけの話。w
そして、2日目。
ちなみにフラミンゴさん。この湖の赤いプランクトン食べるから、美しい朱色になるんだとか。
うん。もうこれ以上のフラミンゴ見ることはないだろうな。
そして、湖地帯を乗り越え来たのは、砂漠!!!
気分上々。高いとこ上等(^-^)
走り出した我々の一行の興奮熱は、いつまでたってもとまりません。
なんて、なんて広大な土地なんだ、南米。
そうして、我々は、念願の、念願の、ねーんがんの、
南米最大の魅力の一つウユニ塩湖の地にたどりついたのであります。
いくぜ!!空島!!
と、久々のブログ!超拡大版でお届けしました。
休まざるを得なかった遅れを挽回するぜ!!
クリック、、、、、、、、、、、、、
言いたくないけど、クリック!!お願いしますー!!ww
の巻
番外編 出会いはでっかい宝箱の巻
やられました。盗難事件。
ただ、そんなこと忘れるくらい楽しめてます(^_^)
というわけで、久々の支離滅裂、結局なにが言いたいかわからないブログであります。サラッと流して下さい。笑
、、、、。
まだ、帰りたくない
また、旅にでたい
旅にでて帰国すると、そお思う人が数多くいるんちゃうかな。
仮に、旅で危険な目にあっても、また旅という時間の中に、再び身をおきたくなる人がいるっていうのは、それだけ旅に魅力があるってのが実際に旅してきてむっちゃわかるから。
だからこそ、大学生の内に旅に出れて本当に良かったと思う。
なんでって、社会人をやめて旅する人達の現実を見ると、これからどう日本の社会と折り合いをつけていくのか、もしくは逆らい続けるのかっていう壁にぶつかってるのがわかるから。
だからこそ、気楽な学生な自分は苦しまずに旅ができている。
けど、今、旅が楽しくて終わりを考えたくないって思う一方で、家族、友達、彼女、やりたいことの見つかってるこれからの社会人としての働き方も大切にしたいっていう葛藤と矛盾がでてきた。
すると、自分の潜在意識がどこにあるか全くわからなくなって、ついつい今の自分から目をそらして、どっちに傾いても楽しかったらえーわって思ったり、結局思考を中断して別のことを考えたり、ぼーっとしてしまう。
なんか、こおね。
自由な生活ってのに惹かれるからさ。
この場所ほんまに住みやすいって思って、そこでそのまま生活しちゃう人とか、羨ましいし、その思い切りの良さがかっこええなって思ったりするわけでね。
ただ、旅の終わりを考えたくないって言ってるだけで終わりはあるのわかってて、直視してないだけやから、葛藤とか、難しく言ったけど、そんなおおそれたものでもなく、気楽者なりにどおすることもできひん一見贅沢な悩みも少しはあるねんでってことを少しアピールしてみたくなっただけ。笑
、、、、、、。
もともと、旅に出る理由は、きっと人それぞれで、ただなんとなくって人もいれば、人生の転機と捉える人、ただの観光、自由の憧れ、知りたいっていう好奇心、これからのビジネスをみつけるためとか、旅人の数だけ理由があって、それはきっとみんな違ってみんないいんやろな。
その中で、共通してるのは、旅に出てる間は、1番の自由人だってこと。
これは、お金とか時間も自分で制限を決めるってのを考えたら、全てを含めて、例えば、どこ泊まるも、どこに行くのも、何を食べるのも、本当に気まま。
ただ、気ままって言っても、自由って言っても、気ままでおられへんくて、自由が自分の首をしめたりすることもあるのが難しいところ。
俗に言う、自由の責任てやつ。
全部自由やから、なにするにも自分の責任で、自分の判断で行動するってのは、しんどいときはしんどかったり。
旅における選択肢は、ほんまに広くて、深い。
辛いことがおきたときとかって、自由な自分が、自由を感じることができんくなったりね。
そんな矛盾に溢れてるのが、今の旅。
不思議やなー!
なんか、わかろうとすればするほど、答えは遠ざかっていって、知れば知るほど、わからないことが増える。
理屈やなくて、体感。
考えるんやなくて、感じる。
ってまさにこのことやわ。
日本にいたら、わかるよおでわからなかったこの感覚が、今はずしっと心の底にいてくれて、安定感ある。
やっぱり、自由に誰の目も気にせず自分の気の向くまま行動して、判断して、歩いてると、それを乗り越えて進んでいく達成感とか、自分サイズに自分スタイルで旅を創っていく感覚がそれに加わって、自分に酔うようなナルシスト的快感が、頭から体の端までズシズシ、ドンドン痺れてくる。
旅中毒ってこおいうことやな。
世界でて、色んな人と話してると世界が狭く感じるよおで、世界観は広がってきてこれぞ、摩訶不思議アドベンチャー。
この世はでっかい宝島。
そして、なにより、
出会いは、でっかい宝箱!
是非このブログの右横のブックマークにある方々のブログやらホームページを見てみて下さい。
みんな、かなりお世話になった人達で、それぞれしっかりした考えや、面白いこと考えてて、人を惹きつける魅力がぷんぷん。
なにか人と違う大きいことをしたいって思ってる人なんかいない。
自分のやりたいことが、不思議とだんだんと人と違うことになっていってるねんなあ、こおいう人ら。
そおいうのを近くで見てしまうと、自分の旅はなんでもない浅い旅やなとかって思ってしまう時期もあったけど、なんでもない浅い旅も捉え方次第なわけで、みんな違ってみんないいって言葉を自分に言い聞かせてみたり、なんでもないが魅力的に映る島もあったわけやしって言い聞かせてみたり。
掴みようのないこの想いを人に話して混乱させたり、笑われたり。
すると、最後は意味不明におかしくなってニヤニヤ気持ち悪くなったり。
、、、、、。
世界に一人で出れるよおになったこの歳で、歴史をもっと勉強しとけばって思うけど、青春真っ只中のときに受験勉強させてもできるわけなかったよなって思うと、映画ベンジャミンバトンの人生は、意味があると思ったり。
「自分なら真珠湾攻撃のときにどのように対処したかアメリカの立場になって考え、論理的に説明しよ」
って、そのときのアメリカの外交関係の資料全てテスト中に与えられて考えさせられるテストもあれば、資料持ち込ませず、記憶を頼りにするテストもある。
一方で、大学入るの難しくても入ってしまうと、遊ぶことも自分の興味のあることに邁進できる教育があれば、大学入るのは楽でも入ってからは勉強で忙しくなる教育もある。
正義は見方を変えたらいくらでも、変化して、悪は見方を変えても変えなくても悪だったり。
24時間もバス乗ってると、こおいう暇つぶしを覚えるのです。
という、イグアスの滝にいく途中のバスで書いててUPできなかったの巻。
iPhoneからの投稿
チリ アタカマ砂漠の赤い山の巻
仲間と別れ、次なる舞台は、チリ北部。
イースター島から抜け出し、チリ首都のサンティアゴから北上。
訪れたのは、サン・ペドロ・アタカマという街でございます。
チリでもっとも古ーいこの街。
こんな街。
砂漠の街ってことで雨がまったく降らず、カラッカラ。
澄み切った空気のおかげで、空が真っ青で、白い日干しレンガの平屋がすっごい栄えた街なのです。
ここで、行ってきました。おそらく初砂漠。
ん?鳥取砂丘は砂漠やっけ?ちゃうよな、、、。
はい。
24時間バスで着いたその日に、行ってきた初砂漠。
イメージしてたのは、もっとなめらかーでラクダとかいて、風で砂がさらさらさらーってなって、
ちょっと遠くには、オアシスが、、、、、
ってゴッツー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!w
ゴツゴツやし、砂はカリカリやし、イメージ払拭!!
おもわず、なんでやねんー
って思ったよね。w
それもそのはず!!ここは、砂漠といえど、標高2436M。
周りは大きなアンデス山脈に囲まれてるわけで、
自然にできた地形は、
深く刻み込まれた岩肌がクレーターのように見え、まるで月面!!!!!!!!!
って言っても月面見たことないけど。
あたかも月面。アタカマ砂漠。
ってことで、「月の谷」と呼ばれているのです。
でもちょっと歩くと、想像してた砂漠に着くのです。
ここでね。サンドボードしたねん。今年はボード行けなかったから。
おもっきり派手にこけたりして服砂だらけ。
でも、雪より全然マシ。まずこけてもほんままったく痛くないからな。
はじめは、あんなゴツゴツしたとこで滑るんかと思ってビビッてたけど、
なんともない砂やし、久々に体動かせて楽しいー!!!!!!!!!!!
それから、体をくねくねくねらせて、谷の内部へ!!!
真っ暗やのに、道狭くて、ガイドさんのヘッドライトなんかいっこも届かず、
何度もつまずきながら、なぜか外国人と爆笑しながら、タラタラ歩いてた。
なんか、こういうときって不思議とわくわくするから、笑ってまうんよね。
そっから、一気に山頂へ。
なめてた。完全なめてた。まさか山に登るとは。
まさかのビーサン。
まさかの砂漠ツアー山に登る。
けど、山頂から見る夕日とそれに照らされて砂漠も山も真っ赤になるこの景色も、
なめてた。完全に。
月がどうなのかは知らんけど、
案外月はロマンチックかもしれない。
が、夜は男だけでロマンチックとはほど遠かったの巻w
チリ お世話様 さらば南国10/10の巻
鼓膜をゆらしていた南国ならではの風。
綺麗な色を塗りすぎた空。
、、、、、、、、、。w
なんか、こうね。うまく臭くいこうと思ったけど、無理でした。w
背伸びするものちゃうね、やっぱ。w
ということで、自分サイズにいつもどうりいきます(^-^)
T-des.
どの場所行っても、そこでの生活が楽しめるか楽しめないかって結局自分+周り次第なんですよね。
ここイースター島でなんでもない日々が、とても新鮮で、子供時代に戻ったようにいちいちはしゃいぐことができたのは、本当に周りの人たちのおかげであります。
是非素敵なゲストハウス札幌に開いてくださいね(^-^)
りょうさん
ラパスで、壊れたデジカメぶらさげて、あえて盗ませようとするが未遂。w
ヨハネでも試してみてもらいたい。w
ボリパにあいすぎです。時間があれば挑戦したかったー!
師匠
できる男の修行ありがとうgほざいます。続きは、日本でお願いします(^-^)
なんでも拾ってくれて、助かりました。
いろいろと本当にお世話になりました。
これからもよろしくお願いします。
さらば、モアイ。
というわけで、長かったイースター島でなにしててん!!っていう質問は受け付けませんの巻w
チリ ラパ・ヌイわっしょーい9/10の巻
イースター沈没。
あれから一瞬で10日間が過ぎ去った。
思えば早かったなぁ。全然暇になるやろって思ってたのに、こんなにも月日が経つのが早いなんて。
祭りの舞台の建設現場をのぞかせてもらったり、ダンスの練習しているところに遊びに行ったり、
日に日に完成しつつある祭りの舞台のセティングからなにまで、こうして見れたのは、本当に運が良かった。
オープニング(^-^)
我々、集まって宿をでたものの、一人、シレッと舞台真ん前をキープしたわけであります。
なにをさしおいても見たかったから。w
おぉ。おお。おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
念願かなう。
イースター残ってよかったー!!!
ムービーもばっちりとったし、
実は、舞台裏忍び込んじゃいました。ww
なので、その写真とかいーーーーーーーーっぱい!!!
その夜は、いつもの静けさなどなく、2時半まで、どんちゃん騒ぎでした。
そして、帰って今までを振り返る間もなく爆睡。
これからもこうやって、疲れ果てて幸せに眠りにつきたいの巻
































































































