一回り下の子との会話
「ていわんさん、新しい500円硬貨みました?昨日お釣りで渡されて。これなんですよ。」
「ゲーセンのメダルみたいだねー。おもちゃみたい。しばらくすれば見慣れるのかなぁ」
「お札も変わりますね。一万円が福沢諭吉じゃなくなるなんて実感ないですよ」
「ほー、Aちゃんはそういう風に思うんだ」
「え、どういうこと」
「それでいうと私はまだ一万円は聖徳太子を引きずっているんだよねー
」
「聖徳太子ー?何それー
」
最近は一万円の事を諭吉と呼ぶくらいに定着した福沢諭吉。が、いまだに私の中では重厚なデザインの聖徳太子の一万円札が印象に強く。
もう40年もたっているし、小さい頃だったので一万円を触る機会が少なかったはずなのに最初の印象は強いみたいです。
「500円なんて500円札だったんだよ」
「えー、知らないー」
その後、新渡戸稲造、伊藤博文、岩倉具視などなどを検索してお札談義になりました。
去年の引っ越しで実家から40年前のお札が新券でたくさん出てきました。記念といつか価値が?!と取っておいていましたが銀行で交換してもらいました。
そういえば二千円札、首里城印刷の為か沖縄では出回っているというのは本当なのか?
「渋沢栄一しか知らない世代がお札変わるとき、渋沢栄一でない一万円て不思議って会話になったらAちゃんもそれを言うなら諭吉だよって思うよ」
「あー、分かる気がする」
そんな感じのお札変更話ですが、そのうち全て電子マネーになるかもですね。
「お金って実在したんですね」
「そうなんだよ。種類があって両替とかおつりっていうシステムがあってね~~」
「なんですかそれー」
なんて昔話になってたり。