3月31日
今日からは抗がん剤が良い方向に向くか、悪い方へ行くのか…
そんなことを考えながら1日を過ごした。

母は食欲はなく、ご飯を口に入れると吐き気がくるらしい。
今が辛い時期だが踏ん張ってほしい。

4月1日
昨日よりは体調は良さそうだが、食欲は相変わらずだ。
これからは仕事の合間に2回は面会に行くようにした。
しかし、今日は仕事がなかなか忙しくて夜にしか行けなかった。
明日からは気をつけよう。

4月2日
今日は休みだったので、甲子園をみてから病院へ。

抗がん剤がだいぶ効いてるようで、母の体調は良くなってきている。
ただ、食欲はあまりないままだ。
ハーゲンダッツのバニラ味を欲しがったので、下のコンビニで購入。
母はあまり食べれず、半分以上残した。

4月3日
母は楽にテレビが観れるまで回復していた。
昼間に行った際、うまくいけば明日の血液検査の結果次第で一事退院できるそうだ。
これは朗報だ。

予定では5日に退院できるので自分が迎えに行けるな。。。

夜には母の面会を終えたあと、ボランティア団体の集まりに参加した。
母の体調を気にかけてくれていて、色々話を聞いてもらった。
多少、肩の荷がおりた気分だ。
やはり無理せず、人に話をしたりしてストレスを発散させなければ。
でないと母より先に自分が倒れてしまう。
母を守るためにも負けてなるものか。
3月28日
今日、とうとう抗がん剤を投与開始。
19時半すぎに病室を訪れたが、母は元気にしていた。
まだ副作用はないようだが、ご飯が満足に食べれてないらしい。
早くしっかり食べれるようになるといいが。

3月29日
今日は休みだが、仕事がハードなためしばらく職場で働き、帰りに病院へ直行した。
家からは近くないかま、職場は病院に近い。
せめてもの救いだ。
母は昨日よりしんどい感じ。
少しして帰宅。
母のお参りを教会でして、20時半すぎに妹と親戚の外科医夫婦と話をした。

先日、その親戚の先生が主治医から母の病状を詳しく聞いていてくれた。

具体的に自分たちに話をしてくれたが、母は予想以上に症状が悪化していた。
抗がん剤があまり効果なければ、1、2ヵ月持つかどうか。

以前からこの親戚夫婦と妹のウェディング姿をサプライズでみせたいと企画していたが、前倒しで早めに決めた。
二週間後に段取ってくれるみたいだ。

本当にこの親戚夫婦にはお世話になり、感謝の気持ちでいっぱいだ。

夫婦からは『今後は抗がん剤が効くことを祈るしかない。今までは母親が四人の子供たちを守ってくれたんだから、今度はあなたたちが守ってあげてね。』と言われ、責任感を持たなければと強く思った。

それから妹と食事をして今後の計画を立てた。

兄弟と話していると、実は自分が一番母のために尽くせてないなぁと思った。
長男だからしっかりしなければ。

翌日は抗がん剤の副作用が本格的に始まると言われる日だ。
これからが本当の闘いだ。
がんから母を守ってやる。
26日
今日は仕事がハードすぎて母の面会に行けなかった。
昼間に電話してみたら、祖父母が来ていた。
電話口で母は気をつかってこなくていいよと言っていた。

27日
母から夕方、着信があった。
『話があるから病院に来れたら来てや。』
行く予定だったが、仕事がハードすぎて行けなかったため、19時半に母へ電話した。

すると、母が力なさげな声で退院が駄目になったと言った。
肝臓の状態が悪化していて、ほっておくと命に関わるそうだ。
やむなく、抗がん剤を使用して症状を和らげるしかないという。

抗がん剤治療が予定より早まり、退院できないとはなんていったらいいのか。。

自分は母がもう長くないと思うと同時に、今しかできないことを沢山しなければ。と考えた。
まだ助かる可能性はあるんやからがんに負けてなるものかよ。