もうずいぶん前のことだが、時々思い出す情景がある。
私は人間ドックを受けていた。その病院は通常診療と平行してドックを行っていたので、ドック受診者も一般の患者もいっしょくただった。
その時、私がいたのは婦人科だった。女性検診というやつだ。気になる症状があって行くのと、人間ドックで行くのは天と地ほどの違いがある。私はその場所でいちばんお気楽な人間だっただろう。
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待合室は見渡すかぎり女性ばかりで、十四、五人はいただろうか。平日だったからか、たいていは二十代から中年あたりの主婦といった風情の人々だった。
そのうち、私の目は患者の一人に向いた。
年の頃は三十代半ばだろうか、勤め人らしい服装と雰囲気だ。私の目を引いたのは、その人が脇目もふらずというように英語の資料を読み続けているからだった。
さらに観察すると、隣りにいる初老の女性はどうやら母親らしい。娘に話しかけようとするのだが、相手が「話しかけるなオーラ」を出しているため何もできないようだった。
おそらく娘はこの婦人科に何がしかの診断結果を聞きに来た。自発的にか頼まれてか(おそらく前者だろう)、母親もついてきた……そんな想像がわいてきた。
たしか診察室には私が先に呼ばれ、出口は違う場所だった。だからそれきり二人には会わなかった。
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本当に唐突にあの情景を思い出す。
あの頑に資料を読み続ける女性の横顔(果たして資料の内容は頭に入っていたのだろうか?)とおろおろとしていた母親の姿。
あのあと、あの二人はどんな診断を受けたのだろう。今、どうしているだろう。