ある医院の待合室で待っていると、ちょっと先の長椅子に母親に連れられた4歳男児(推定)が座っていた。手には乳酸飲料の小ぶりなペットボトルを持っていた。

 私は持参の文庫本を読んでいたのだが、男児の方向から感極まった声が聞こえてきた。

 

 「ん、んめ〜」

 

 あの飲み物がお気に入りなんだな、と思っていると、また。

 

 「ん、んめ〜」

 

 ひと口飲むたび、お約束のようにこう嘆息するのであった。

 

 横目で見ると、セリフを言い放つと同時にあごをあげて天を仰ぐという見事なアクション付きである。いったいどこでこのセリフと身振りを会得したのか。あるいは父親のマネなのであろうか。

 

 そばにいる母親が特にとがめるでも、ほほえましく見守るでもなく、ごく普通にしていることからも、彼が家でもどこでもあの乳酸飲料を口にするたび、この発言および動作をしているであろうことが推測された。

 

 「ん」の溜めとい、心からの賛辞を響かせる「んめ〜」は、もう幼児の表現力の枠内に収まらない。だんだん私の2メートル先左にいるのが、幼児の着ぐるみにどうにか体を押し込んだ親父のような気がしてきた。

 

 彼は今日もどこかで感動にうめいていることだろう。「ん、んめ〜」と。