今読んでいるのは、松本清張の推理小説「ゼロの焦点」。発表されたのは今から64年前の昭和34(1959)年。松本清張はやはり「ミステリー」ではなく、「推理小説」でいきたい。

 

 

 26歳の禎子は見合いで36歳の鵜原憲一と結婚する。夫の過去は釣書でしか知らない。式を挙げて一ヶ月ほどたって、夫は金沢に出張する。ここ2年のあいだこの北陸の町の支所勤めで、結婚を機に東京へ引き上げることになっており、その手配のためだった。

 

 ところが予定を過ぎても夫は帰ってこない。会社の方でも行方を捜し始める。禎子は夫の唯一の肉親である義兄にも尋ねてみたが、心当たりはないという。

 禎子は取り急ぎ金沢へ駆けつける。しかし夫の行方は杳として知れない。ところが、弟の様子を出張ついでに金沢まで見に来たという兄が、旅館の一室で青酸カリで毒殺されているのが見つかる。

 

 さらに、金沢で禎子の捜索を助けてくれた夫の同僚までが殺されてしまう。犯人は誰か、そして夫はどうなったのか。最近の表現で言えば、「一気読み必至」の一冊である。

 

 

 この本に出てくる金沢の薄ら寒く、暗い雰囲気…敗戦から10年少しで、復興した社会のかげに過去に苦しむ人がいた時代である。新幹線はまだ走っておらず、人々は地方へは夜行や寝台列車で時間をかけて移動する。昭和の日本はまだまだ広かった。

 

 昭和の高度成長期あたりの作品を読む面白さは、こうしたもう失われてしまった日本の光景、在りし日の日本が描かれているところにもある。横溝正史の推理小説(もちろん「ミステリー」ではない!)の「復員兵」なんて、もうこの言葉だけで底知れぬムードが出てくる。

 

 それにしても禎子の言葉遣いがきれいで驚く。

「お義兄様の京都出張は、はやくからお決まりでしたの?」とか「まあ、それは結構でございますわ」とか。

 それになかなか推理力も秀でているのである。だって、禎子は犯人を独力で追跡していくのだから。

 

 まあ、「ゼロの焦点」以降64年分の推理小説とミステリー(あえて2つ書く)を読み慣れた読者には、半分を過ぎたあたりで何となく犯人の推測はついてくるんですが……。

 

 

 

なぜかキンドルしか拾えませんでした。紙の新潮文庫もあります。