今日という日。
1月6日は、小寒。
ここから寒さも本格的に厳しくなって行きますよ~の日。
寒中お見舞いは、今日から出します。
年賀状のお返しを書くなら、今日からは「おめでとう~」では無く
「寒中お見舞い申し上げます。」
になりますね。
東京では出初式が行われたようですね。
消防の仕組みが出来たのは徳川幕府がはじまりといわれています。
幕府は慶安3年(1650)に、旗本2名を「火消役」に任命、「定火消」(じょうびけし)とよばれる仕組みが生まれました。その後、享保2年(1717)将軍吉宗の世に、譜代大名で構成される「大名火消」(だいみょうびけし)。
少し遅れて町火消(まちびけし)も組織化されたのがこの頃と言われています。
それまでの「定火消」や「大名火消」が江戸城や武家屋敷のための消防をおこなったのに対し、町家、町内を守る組織は「町火消」。法被や纏などの道具類の経費は町内自治で運営していたようです。
この、町火消の方々は鳶、大工で構成されていました。時代劇なんかでもよく見ましたよね。
何故、鳶や大工さんだったのでしょう。
火消し、と言っても消火していたわけでは無く延焼を防ぐのが役割だったんですね。
江戸は慢性的な水不足。乏しい少量の水では焼け石に水。だったら、延焼をしないように家屋を壊した方が効率的だったようです。密集した長屋で火が出たら、あっと言う間に広がる。瞬時の判断で、何処を壊したら良いか。
鳶職や大工さんなら、構造も熟知していますし、道具も使い慣れています。
納得ですね。
火事の知らせがあったら、いち早く火元を見つける。
そのために、8メートルほどの梯子に登り高所から街を見渡す。
火元が見つかったら、目印に近くの屋根に上がって纏を振る。
上がった屋根の家に火が移ったら命が危ぶまれます。
現代も地域の消防団ってありますよね。
消防団長さんは、叙勲の対象にもなられます。
それだけ、重きを置いたお役目なんですね。
火事と喧嘩は江戸の花。
命知らずの粋でいなせな火消し達は江戸のヒーロー。
分かる気がします。
かっこいいですね~。


